その年の中等部の剣道部一年生は可哀そうだった。
顧問が急病で休んでいる間に、新年度が始まってしまったのだ。
上級生はいつもの練習メニューをやっておけと言われた。新入生は……副顧問が監督することになった。副顧問は剣道にはうとく、新入生たちを柔道部に突っ込んだ。同じ武道でしょ、と言って。
部活動が始まって一週間で、半数が辞めた。二週間目で、残っているのは五人きりだった。
隣の柔道場へ行くと、端っこの方で柔道部のコーチからしこたま受け身の練習をさせられているチビな五人がいた。
「あいつら、いつまでいてくれるかなぁ」
三年生がぼやく。
尚也は「たぶん大丈夫ですよ」と答えておいた。
部活終わりに、見たのだ。部室棟の端っこで五人が円陣を組んで、誓いあっているところを。
「この苦難はいつか終わる!」
チビ達は、何かの時代劇でも見たのだろうか、仰々しく言っていた。
「我々は共に耐えようではないか!」
「よし! 力を合わせて天下を取ろう!」
面白すぎるので、尚也は柱の陰で聞いていた。
「天下ってなに?」
「幕府樹立!」
「打倒幕府じゃない?」
一年生に派閥のできた瞬間だった。
幸いにも人数が奇数だったので、奴らは幕府を樹立することで話がついた。開幕派連合の成立である。
具体的な政治活動はないようだが、五人組は気が合うようだし、逆境を楽しんでいるようだ。たぶん大丈夫、辞めない。
実際、顧問が復帰した時には妙に受身の上達した五人の新入生が出来上がっていた。
そんな新入生のうちの元・討幕派の一人に、綺麗なチビがいた。
美少女が間違えて男子校に来たんじゃないかと、入学式の日に噂になった奴だった。文化部に入って窓辺で絵でも描いていればいいのに、なぜか運動部に来た。そして容姿を裏切って、とんでもなく負けん気が強かった。
「演劇部で女役やればいいのにな」
「それ言った奴、殴られてた」
本人は見てくれの女っぽさを気にしているらしい。
「あいつ、顔に向かい傷作ったらいいかもって言いだして、止められてた。デコに三日月形がいいって」
「やりかねないから、顔のこと禁句な」
五人組は固い結束を固辞したまま、無事に進級した。
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