【ハイファンタジー】スカーレッド小品組曲

• 登別-05 (2次創作)
• すかーれっどしょうひんくみきょく
• 綴羅べに
• 書籍|文庫判(A6)
• 102ページ
• 500円
• https://kakuyomu.jp/works/117…
• 2021/4/9(金)発行
• ◇これまでに習作や課題などで書いた短篇の詰め合わせです。設定や時代など背景の事情は作品ごとにバラつきがありますが、中心となるキャラクターたちは『交響曲スカーレッド』として展開しているシリーズとほぼ同一です。お試しに最適。
  
  
  ◇以下試し読み◇
  
  　遠くから剣戟の音が聞こえる。
  　距離にして五十メートルほどか。雑木林の中では視界が遮られてしまい、正確な位置は判別できない。が、少なくともこちらの位置が割れていることはなさそうだ。何故なら硬い反響はこちらを向いていない。
  　ヘルヴォルは大樹の幹に背を預けたまま、後方の様子に耳を澄ます。左手で腰の鞘を、右手でその剣の柄を握る。いつでも抜剣できる姿勢を保つ。
  「模擬戦とはいえ、やっぱり緊張します」
  　足下にしゃがむカナエがいくらか固い声を出した。地面に突き立てた杖にしがみついている格好は、確かに言葉通り怖じ気付いているようにも見えるだろうが。
  　ヘルヴォルのみならず、魔術をかじっていれば気づくだろう。彼女の魔術が発動一歩手前であえて押し留められていることを。
  　相棒の集中を乱さない程度にヘルヴォルは答えた。
  「緊張ってか、どいつもこいつも必死すぎだよ。別に死ぬわけじゃあるまいし」
  「でもルナさん言っていたじゃないですか。『脱落早い順に向こう一週間寮の雑用係ね』って」
  　脳裏に描く、自分たちが身を寄せている港町の邸宅。寮の名にふさわしい規模と面積、部屋数を備えた威容を思えば、まあ確かに気は滅入る。
  「さすがのわたしもちょっと……一区画だけならまだしも、全部は……」
  「……気持ちは分からなくもない」
  　ひきつって笑うカナエにつられ、ヘルヴォルも眉をしかめた。
  　我らが麗しき保安隊隊長は毎度のことながら突拍子もない筋肉思考を披露してくださる。しかも当初はご本人直々に参加予定だったというのだからマジであいつ何考えてんだか。結局、町長としての仕事が山積みであることと、彼女が本気で暴れたらそこらのヒラ隊士たちなど竜巻に巻き込まれた仔牛よろしく瞬殺なので全く訓練になりませんという常識人筆頭の副隊長の進言を受け、あえなく不参戦となった。
  　正直言うと、ヘルヴォルとしては是非とも手合わせ願いたかったのだが。対決の機会は持ち越しである。
  「どうせ泣き言いったらいったで『鍛え方が足りないねぇ、ちょっとそこの遠洋漁船に従事してくる？』とか素で言いそ──」
  　軽口はまさしく軽く切り上げられた。
  　神経が張りつめる。直感が囁く。来る。
  「四時の方角。頼んだ」
  「了解です」
  　カナエは短く答えると、とん、と杖の石突きを軽く打ちつけた。
  　視界が悪ければ足場も最悪。平地を縦横無尽に駆け回ることを得意とするヘルヴォルにとって、障害物だらけの森林は相性が悪い。
  　しかし、ありったけの植物に溢れたこの環境は、魔女たる相棒の独壇場である。
  　杖を基点に、ぼこぼこぼこっ。まるでモグラが移動しているかのような隆起が地面を走ってゆく。木の根を巧みに避け、あるときは一層深く潜り込み、やがて木々の向こうへと消えた。
  　同僚の悲痛な叫び声を聞いたのは、それから三秒ほど経ってからのことだった。
  「まずは一人、ですね」
  「うん。あとは向こうで斬り合ってる連中のけりがついたら邪魔したいところだけど、まだかかりそうだな。ちょっと移動しようか」
  「はい」
  　今回の訓練に参加している隊士は自分たちを含めて十五名。おそらくもう数名は脱落しているので、残りは十名といったところだろう。
  　立ち上がったカナエに目配せして、ヘルヴォルも幹から背中をはがす。
  　相手は全員男ども。中には筋骨隆々の大熊みたいな野郎もいる。
  　けれど負ける気はさらさらない。そんな未来は想像もしない。
  「様子見はここまでだ。行くぞ、全員きっちりぶちのめす」
  「もちろんです、ルル！」
  　口元に自信満々の弧を描き、少女たちは颯爽と戦場へ躍り出た。