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【ハイファンタジー】交響曲スカーレッド 序 リトル・ヴィーナス

  • 登別-05 (2次創作)
  • こうきょうきょくすかーれっど じょ りとるヴぃーなす
  • 綴羅べに
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 214ページ
  • 1,000円
  • https://text-revolutions.com/…
  • 2019/11/24(日)発行
  • ◆《2020年度 第27回電撃小説大賞 一次選考通過作》
    いつまでも未熟なままだと思っていた。
    「強くなりたい」と願いながら、それは手の届かぬ過ぎた願望だと諦めていた。

    けれど少女は、音を無くした旋律と出逢い、その剣を振るう理由に気づいてゆく。

    これは未熟な雛鳥が、大空を舞うための無二の風を得るおはなし。


    ◆試し読み◆
     こんなちっぽけな両脚じゃ、どんなに走ったって逃げきれない……そんなことは幼いカナエの頭でも分かっていた。
     けれど走ることを、この脚を止めてはいけないのだ。
     だって、みんながわたしを逃がしてくれたのだから。かれらのおかげでわたしはまだここにいる。でなければとっくに……。
     ――ああ、おじいさま。おばあさま。
     休息の許されない疾走で悲鳴のような呼吸しかできない唇、肺。それでも、音にならなくとも、カナエはかれらを呼んだ。名前よりも口馴染んだ愛称で呼んだ。二度と返ってこない返答に咽びながら、なお心の中で絶叫した。
     小さな村だった。もしかしたら、村、ともいえないかもしれない。それほどに小さく、慎ましく、ひっそりと、森と森の合間に潜みながらわたしたちは暮らしていた。
     今はもう、何も残っていないだろう。
     家も、畑も、広場にそびえる村で一番大きな樹も。カナエの小さな手に気持ちよく収まる赤い実がたくさん生っていた。明後日には収穫できそうだという話を小耳に挟んで楽しみにしていたのだ。けれど二度と、あの甘い果実を頬張ることはできない。
     嵐が、全てを呑み込んでしまったから。
     突然現れたそれは、雷鳴と、突風と、震動を連れて、瞬く間に村を引き裂いた。文字通り、あの長く鋭い、頑強そうな爪で。
     カナエは見なかった。でも耳には届いていた。
     思い返すのもおぞましい不快な音と、不気味に途切れた断末魔。
     振り返るな、と誰かが言った。
     走り続けろ、と誰かが言った。
     嵐の合間に届いたその言いつけをカナエは守る。だってそれしかない。わたしが縋れるものなんて。この手に残ったものなんて。
     ――しかし、恐怖に追い立てられるままに駆け続ける心とは違い、小さく非力な体は限界を迎えつつあった。
    「あっ――」
     足先に何かが引っかかる。勢いを殺せぬまま前のめりに倒れ込んだ。
     擦りむいた膝がじくじく痛い。砂の入った視界が滲んで、乾いた喉もがさがさする。
     すぐに立ち上がろうとした。けれど腕に力が入らなくて、カナエはべしゃりと地面に潰れた。
     暑いのに寒い。頭の中がぐらぐらしている。目の前の石ころすら二重に見えて、自分の存在があやふやになる。意識も飛んでいたように思う。
     そのうち大きな影が落ちてきて、カナエは目を見開いた。
     呼吸が止まる。心臓の音も遠くなる。熱く火照った体が指先からさあっと冷えてゆく。すぐに歯の根が合わなくなった。
     何もかもが凍りついてしまって動けない。
     地面に這いつくばったまま、背中で唸る声を聞く。
     心を奥底から震え上がらせる低い音はどこか荘厳だった。聞く者をたちどころに平伏させる圧力だ。逆らう気力など一瞬で吹き消してしまう。
     かれらはこの脅威に抗ってみせた。信じがたいことだと今ならば分かる。
     だってわたしは……振り返ることもできない。
     この目で恐ろしいものを認めることができない。見てしまったら、本当に、終わってしまう予感がする。
     だがカナエの瞳が映そうと映すまいと、終わりは確かに近づいていた。
     硬い爪が砂利を擦る。空気の流れが不自然に乱れる。落ちる影の大きさはちっとも変わらないのに、色だけがどんどん濃くなっているみたい。視線すら質量を得てのしかかる。
     ままならない呼吸の後ろで、悲鳴じみた風切り音がやけに間延びしながら近づいてくる。
     カナエは遂に目を閉じてしまった。これ以上すぐそこの恐怖を見ていたくなどなかったし、この先を生き残ることもいい加減望めなかった。
     ごめんなさい。おじいさま、おばあさま。
     わたしもすぐ、そっちにいきます。
     約束を破った己のふがいなさを込め、強く強く閉ざした瞼の裏。

     ――熱い炎が、吹き抜けた。

    「っしゃあ! 間一髪!」
     それは絶望に満たされたこの場所には不釣り合いなほど明るく快活な声。空にかかる暗雲をたちどころに吹き飛ばしてしまう音色。
     硬いもの同士が衝突する轟音に続いて爆風が吹き荒れた。幼いカナエの軽い体は簡単に宙へ浮いた。
    「あ、やっ……!」
    「っとあぶねえ」
     風にあおられて飛ばされる間際、腰から誰かに抱え上げられた。あったかい。人の腕だ。
    「大丈夫かい、お嬢さん」
     ――緋(あか)い。
     夕暮れどきの、落ちゆく太陽のように。いや、もしかしたらそれ以上に。
     長い髪を炎みたく揺らめかせながら、その女(ひと)は笑っていた。金の光を帯びた緋い瞳にカナエは吸い込まれた。
    「遅くなって悪かったね。ちょっと道に迷っちまってさ」
     そう言いながらカナエを降ろす。反対の手には身の丈よりも大きな剣が握られている。
     鈍い煌めきに身が竦む。けれど頭を撫でられればそんな不安はすぐ消えた。ついでに足腰から力も抜けた。
    「あれま。まあ仕方ないか。むしろここまでよく頑張ったよ。あとはあたしらに任せな」
     カナエは小首を傾げた。すっかりぼさぼさになったおさげが肩を滑る。「あたしら」……まだ誰か来るのだろうか。
     そのとき、金緋の瞳がカナエの後方を見た。軽快な足音も聞こえる。
     振り返れば、そのひとの面影を宿す紅(あか)い髪の子が、膝に手を突いて息を整えていた。自分と同じ年頃ぐらいのようだけれど。
    「よう、もうお疲れかい?」
    「あ、のさ……いきなり、ぶっ飛ばして、ついてけるわけ、ないだろ……!」
     男の子だろうか、女の子だろうか。どちらとも言えるし、どちらとも言えない。上げた顔はそんな中性的な印象で、境界を淡くさまよっている。
     文句に対し、女性は呵々と笑った。
    「いやー、本気出さないと間に合いそうになかったからさ、勘弁してよ。そのうち追いつけるようになるさ。……さて」
     鉄色の刃が木漏れ日を弾く。金緋の双眸がひたと見据える。
     後押しされるように……カナエも、今度こそ、見た。
     三人分の視線に刺されながら、地に伏せていた巨体が起き上がる。
     銀色の鱗。黄土色の小さな眼。
     今は赤く汚れた、白い爪。
     わたしの日常を、大切なものを、あっけなく奪い去っていった、嵐の具現。
     ――竜。
     おとぎ話でしか聞いたことのないそれは、四本の脚で大地を踏みしめ、ぎらついた歯の並ぶ口を開き、咆哮した。
     気を失ってしまいそうになった。鼓膜どころか脳にまで突き刺さる大音量だけではない。ただの一声で真っ暗な絶望が蘇る。心が、気持ちが、折れてしまう。
     それでもカナエが意識を保てていたのは、目の前に立つひとの背中が少しも揺るがなかったからだ。
    「はた迷惑な竜退治(大馬鹿野郎の折檻)といこうか。ルル、そこのお嬢さんをきっちり守ってやんな」
     言うや否や緋色の鳥が地を蹴り飛び立つ――そんな風に見えた。惜しげなく広がる髪がまるで翼のようなのだ。
     けれどその光景よりもカナエの目に留まったのは、ふと見上げた傍らの子の表情だった。
     ……ねえ、どうして。
     どうしてそんなに、悔しげで、とても焦がれるような瞳をするの。
     分からない。まだ出会って間もないカナエには。ルル、と呼ばれたその子が何を思い、何と戦っているのか、なんて。
     やがて相手の視線がこちらを見下ろした。相も変わらず複雑に渦巻いてはいたけれど、とても綺麗な色をしている。
     穫れたてのブルーベリーを絞ったジュースよりも透き通る、見たことのないほど鮮やかで深い、紫。
     夜明けと夕暮れが混じり合った、神秘の色。
    「……大丈夫。おまえは、あたしが守るよ」
     それはきっと、自分に言い聞かせた言葉なのだろう。
     カナエはただ彼女の瞳を見返した。そうしていると悲しみも苦しみも、擦りむいた痛みだって忘れてしまえた。
     ……神さまだ。
     きっと女神さまが助けを遣わせてくれたのだと、カナエは本気でそう信じた。


     けれどもこれは女神の物語ではない。
     これは、空も飛べない雛鳥の物語だ。

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