表紙・人物紹介画 高井玖実子(タカイクミコ)
どうだい、君も、明日、
私たちと一緒に行かないか。
ランガズム大陸の北の果て、カナルネアの町に立ち寄った若き吟遊詩人シフォロンは、夕食を摂っていた居酒屋で、客同士の起こしかけたトラブルを歌の力で収める。真の勇者の称号“ヴィルシャナ”を目指す自由騎士イスファムから“王の試練”に挑戦する旅へと誘われて同意した彼は、その後、トラブルの一方の当事者であった青年黒魔道師にも声を掛けたが……
1990年に株式会社アスキー(当時)から発売されたMSXコンピュータRPGコンストラクションツール「Dante」に収録されていたサンプルゲーム『BADOMA 血塗られた伝説』を、頼まれもしないのに(汗)ノベライズした作品。
全5巻予定で、1990年から完全受注生産コピー本として刊行開始。1993年に3巻を出したところで休眠に入り、長らく幻の作品状態になっていたが、突如として復活(汗)。
勿論、
元ゲームを欠片も御存じない方でも、普通に“何か「剣と魔法」のファンタジーっぽい”作品として読むことが可能。
全巻完結しました。 続刊情報等は、こちらの
概要アイテムを御参照ください。
=== 以下抜粋 ===「僕も目的は持っていますけど、おまけみたいな存在ですし」
「あら、そんなことないわ」
彼の横で膝を抱えていた元王女ロココ・リナが口を挟んだ。
「メルカナートのおかげで、あたし、随分と、
何処かの誰かとの不毛な争いから救われる気分になるもん。あなたのハンサムは、とーってもとっても大きな存在意義を持ってるわよ」
「……ふん、ハンサムでなくて悪かったな」
彼女の
斜向かいで、黒魔道師タンジェが鼻を鳴らす。
「メルカナートは別にして、人を見てくれで判断してると、いつか痛い目に遭うぜ」
「だーって、あたし、メンクイなんだもーん」
「ふん。じゃあ、性格のいい
醜男と性格の悪い美男だったら、どっちを選ぶってんだよ」
「どっちもやあよ。でも、どーしても、って言われたら、ハンサムの方よ」
けろっとして、ロココは応じた。
「だって、性格は改善の可能性あるけど、顔は直らないもん」
「て、てめーって奴だけは……」
「何よ。性格ヒネクレてる上にハンサムじゃない誰かさんに、とやかく言われる筋合はないわ」
「……」
「タンジェ、何だかんだ言って、ホントはロココのこと気に入ってるんじゃない?」
言い返すのを諦めたように押し黙ったタンジェに、タロパの戦士クニンガンが笑いながら訊く。
「なに? 冗談じゃないっ! 俺の好みはなあっ、第一に出しゃばらず、第二にギャーギャー言わず、第三にお荷物にならず、要するに──」
勢いで一気に言いかけたタンジェは、ハッと口を
噤んだ。何処か、うろたえているようにも見えた。
「要するに何なのよ! あたしが出しゃばりでうるさいお荷物だって言うんでしょ!」
「……そう言うつもりじゃなかったんだが」
タンジェは、垣間見せた狼狽から素早く立ち直り、しれっとした顔でロココを斜めに見遣った。
「そんだけ自分で自覚してるんなら、上等ってもんだ」
「よ、よっくもよくも……もー許さないっ!」
「──FIXA」
ロココの手が剣の
柄に掛かるのを見るや、タンジェは右手の指二本で素早く印を切り、ぼそっとひとこと呟いた。
「──!」
抜こうとした剣が鞘から抜けず、ロココはカッとなった。魔法で封じられたのだと悟った時、とうとう感情の
箍が外れた……。
「……あーあ」
「泣かしちゃった」
アクラナの戦士アクラと、クニンガンとの嘆息とが、同時だった。
「駄目だよ、女の子泣かしちゃ」
「べ、別に俺が泣かせたわけじゃ……剣なんか抜こうとする方が……」
「あんたが悪いのよおっ……あたしのことお荷物だって……そりゃあたしは女だし……剣だってそんなに巧くないし……でも、お荷物だなんて……」
しゃくり上げながら、ロココが
詰る。
「だからって泣くこたないだろうが! 畜生、女って奴は泣けば勝ちだなんて思って……」
「馬鹿っ……馬鹿馬鹿馬鹿っ、あんたなんて……だいっ嫌いよっ」
「……つ、付き合ってられるかっ」
タンジェは不意にプイッと立ち上がると、輪から離れて森の奥の方へ早足で行ってしまった。
それをじっと見ていた吟遊詩人シフォロンは、ゆっくりとロココに声を掛けた。
「……ロココ、君も悪い。私たちは、今は、共に旅をする仲間だ。いや、仲間に限らないが、たとえ気に入らないことがあっても、いきなり剣に訴えようとするのは、感心出来ない。……これは、いつか君が王国を復興しようとする時にも、同じことが言えると思うよ。剣や魔法は、最後の手段だ。矢鱈と使っていいものじゃない。……わかるだろう?」
静かなシフォロンの言葉を聞く内に、ロココの涙も治まってきた。彼女は目を擦りながら、黙って頷いた。
「ごめんなさい……」
「私に謝っても仕方ないよ」
シフォロンは苦笑した。そして、振り返ると、やや考えるような目をしていたが、腰を上げた。
「ちょっと行ってみる。……後を宜しく」
そろそろ、月が中天に懸かろうとしている。
シフォロンは辺りを見回しながら歩き、やがて泉の
畔で、捜していた相手を見付けた。タンジェは、木の上に居た。太い枝に足を投げ出して、幹に背を預けていた。
「……俺だって、好きであいつと言い合うわけじゃない」
シフォロンが木の下に寄っていくと、いきなり前置きなしに、タンジェは言葉を発した。
「わかってるよ」
シフォロンは微笑を浮かべた。
「どういう形でかは人それぞれにしろ、何らかの形で人が世話を焼きたくなってしまうようなところが、ロココにはある」
「……ああ」
渋々といった風に、タンジェが頷く。
「
放っておけないっていうか……一々気に障るっていうか……俺は、ああいう風にしか言えないんだ」
「ロココはきっと、君に魔法を掛けられたのがショックだったんだよ」
シフォロンは幹に寄り掛かりながら言った。
「あれは正当防衛だぜ。それに……剣と鞘に〝固着〟の術を掛けただけで、あいつに直接掛けたわけじゃない」
「剣は、王国滅亡以来各地を転々としてきたっていう彼女の、立派な一部だと思うよ。魔道が君の一部であるのと同じように」
───「第二章 旅の仲間」より