表紙・人物紹介画 高井玖実子(タカイクミコ)
今の内に、確かめておきたかったからだよ。
クニンガンが居ない間にな。
紆余曲折を経て四つの“しるし”を全て手に入れたシフォロン達は、ヴィルシャナの塔へ向かう前に、長らく大陸とは行き来も途絶えていたという島アゾレスへ赴く。だが、その島には、或る言い伝えがあった。黒魔道師タンジェは、仲間たちと一旦別れ、単身ヴィルシャナ島へ先行しようとするが……
1990年に株式会社アスキー(当時)から発売されたMSXコンピュータRPGコンストラクションツール「Dante」に収録されていたサンプルゲーム『BADOMA 血塗られた伝説』のノベライズ作品、全5巻予定の第4巻。
元ゲームを御存じない方でも、普通に“何か「剣と魔法」のファンタジーっぽい”作品として読むことが可能。
全巻完結しました。 既刊情報等は、こちらの
概要アイテムを御参照ください。
=== 以下抜粋 ===
船旅は、僅か一日足らずで終わった。
アゾレス
島は、緑豊かな島であった。砂浜近くに船は停まり、八人は梯子を
下りて浜まで歩いた。勿論、船は、シフォロンの肩掛け袋の中に収められた。
「ELCIA──エルシア、って、何だか聞いたことがある」
「光世界のお姫さまの名前だと思うけれどね」
「……正確には〝
光の妖精姫〟だ」
横合から挟まれた抑揚に乏しい声の
主を、シフォロンは、そっと
窺い見た。限りなく無表情な顔の中、漆黒の瞳だけが昏い光を湛えている。この黒魔道師は、何故
今迄通り七人と旅をするのか、結局ひとことも話そうとはしなかった。ひとり舷側に
凭れて
来し
方を見つめ、仲間たちの会話にも殆ど加わらず、
為に最初は彼の同行を喜んだ七人も、今は
何とはなしに居心地の悪さを覚えていた。これまでの単なる無口とは異なる、人を何処か不安に
陥れるような闇の静けさに
鎧われているようにも思えるのだ。
「それ、どういうお姫さまなの?」
クニンガンが、くりっと首をかしげて尋ねる。
「光世界の王フィリアスと、妖精世界の女王シリシアとの
間に生まれた存在だ。光世界の住人は人間世界に対する関心が乏しいというのが定説だが、その光世界に住みながらも人間世界に関心を絶やさず、地方によっては〝
金色の女神〟と
崇められてる」
「金色の女神かあ……へえ……」
「光の妖精
姫が居るなら、闇の魔王子なんてのが居てもおかしくないわねー」
ロココ・リナが頭の後ろで手指を組みながら何の気なしに言うと、黒魔道師はごくそっけなく肩を竦めた。
「居るとも。〝
闇の魔王子〟ジェナット。闇世界の王タルガルと、魔世界の女王セメネーとの
間に生まれた存在。闇世界に住みながらも人間世界に関心を絶やさず……流石にこちらは神様扱いまではされちゃいないが、一部の黒魔道士たちが〝
彼の
方〟と崇め
奉ってるって話は絶えない」
「あんたは?」
「俺は何かに跪いたり従属したりするのは嫌いだ。だからこそ……」
言い
止して、不意に彼は唇を皮肉っぽく
歪めた。それ切り口を閉ざしてしまう。ロココは追及しようとする気が失せるのを感じた。
最近のタンジェって突っ込み
甲斐ないのよね──心にそう呟いて、小さな息をつく。
(何か妙に暗いんだもん。前はあれでも可愛いとこあったけど、今は近寄りにくいとこあるし、たまーに口利けばなーんかハッキリしない上に
刺あるし)
やはり、
兄弟子サイラスの衝撃的な死が、心に
拭えぬ影を落としているのだろうか。それだけではないような気もするのだが、取り
敢えずロココにはそれぐらいしか原因が想像出来ないのであった。
「あ、町かな、あれ」
周囲をささやかな石垣に囲まれた家々が、
一行の進む
小径の彼方に見え始める。日が暮れかけていることもあり、明るい内に宿を取りたい一行の足は速まった。
町の入口らしき所で、初老の男がふたり、木製の
椅子に腰を下ろし、ゆっくりとパイプ
煙草をくゆらせているのが目に入った。トーガのような、ゆったりとした服を纏っている。恐らくこの島は、大陸と比べると取り分け温暖で穏やかな気候なのであろう。自分たちの、旅で
草臥れ切った服装が──シフォロンの軽やかな、吟遊詩人らしい
恰好でさえ──随分と
無骨で
野暮臭く思われてくる。
───「第十二章 闇と魔の小径」より