★sample★
「いっせーの」
「せっ」
かけ声とともに、ゆっくりとシングルベッドを床へとおろし、隣り合うようにふたつ並べる。
引っ越しを機に買い換えた同じ規格のベッドは、ぴったりくっつけるような形においても、当然違和感なく並んでくれる。
「ねえ周、これ入れたらいいんだよね?」
「ん、こっち貸して」
ホームセンターでともに買い求めた隙間埋めようのパッドをぎゅっと挟み込み、その上からダブルサイズのシーツをかぶせる。今後のよりよい暮らしのために、お互いに協議した結果がこれだ。
「広くなったよねー。そりゃそっか、二倍なわけだし」
「寝相悪いもんな、おまえ」
まどろみながら毛布をはぎ取られたことも、一度や二度ではなくて。
「でもちょっとさびしいかなぁ」
どこか名残を惜しむようにマットレスをなぞる姿を前に、周はと言えば、別の意味でふかぶかと息を吐き出す。
やっぱり生々しいな、どことなく。面倒でも業者に頼まなくてよかった、ほんとうに。
どこかお互いの都合のよい場所で隣同士の部屋を――という選択肢が浮かばなかったわけではなかった。その方が登記上は別々の住所になるのだし、何かと表向きの都合は良いのだから。
それでもあくまでも『同じ家』にこだわったのは、同じ屋根の下で「ただいま」と「おかえり」を言い合える生活を、それを可能にしてくれる『ふたりの家』への憧れめいたものを捨てることが出来なかったからだ。
ほとんどすべての始まりで、『ふたり』の暮らしが詰まっていた慣れ親しんだあの部屋はそれでもやっぱり『周の部屋』で、ここからがほんとうのはじまりだ。
急ぎすぎていやしないだろうか、こちらの都合ばかり押しつけて、逃げ出されてしまわないだろうか。
自分なりに精一杯の勇気を振り絞って切り出した「提案」を、こぼれんばかりの笑顔で快く受け止めてくれたあの瞬間の安堵感は、たぶんこの先ずっと忘れられそうにないままだ。
いまどき男同士のルームシェアだなんてさほど珍しくもなければお互いの年齢も味方をしてくれたのか、部屋選びにはさほど苦労はしなかった。ただやっぱり、ことベッドルームとなればことさらにプライベートな空間なのだから、どことなく気を使ったのは確かだ。
当然のごとく引き離したベッドを並べた姿を目にした時に浮かんだのは、どこか納得のいかないような、そんな違和感で。
笑ってしまうようなそんな些細な曇りすら、こうして無邪気に笑いかけてくれる目の前の相手の気のおけない態度のおかげで、幾度となく乗り越えてはきたのだけれど。
「どっちにしよっかなー、やっぱ壁際かなー。おっこちると怖いもんなー」
引っ越しのついでにと、新調したばかりの糊のきいた枕カバーをぱんぱんと叩きながら答える姿を前に、いやおうなしに心は緩む。
「ねえ周、周はそれでいい?」
「おう、好きにしろ」
「そっか、じゃあそれでいんだけどさぁ」
くい、と袖口を引っ張るようにしながら、忍は尋ねる。
「だったらさ、きょうはどっちでする?」
「……どっちって、それ」
――言わんとしていることが何なのかなんて、当然分からないわけではないけれど。
戸惑いを隠せないこちらを前に、ぱちぱち、といつも通りのあの無邪気なまばたきを繰り返しながら忍は続ける。
「や、だってするでしょ。初日なんだしさ。ベッドとお風呂は確かめとかなきゃだめじゃん、使い心地」
今後ハードに使うことになるのは目に見えてはいるので、そりゃあまぁ。
「こっち側が周だもんね、じゃあやっぱこっち?」
首尾良く手前側のベッドに寝ころんだ恋人があまえたような目つきでじいっと上目遣いにこちらを見上げながらかけてくるのは、こんな誘い文句で。
「疲れてんなら最後までしなくていいよ? でもさ、きょうからほんとにふたりっきりじゃん。ちょっとくらい周のこと独り占めさせてよ、ね?」
「……忍」
誘われるままに、ゆらりと差し伸ばされた掌に自らのそれをそうっと重ね合わせる。あらがうことなんて出来るはずもない肌と肌で知るぬくもりに、息がつまされるような心地を味わう。
「あまね、」
微かにくすぶった色を潜ませた声で呼ばれれば、途端にぞわぞわと胸のうちからあふれ出した思いは、滲んだ色を広げていく。ぶざまなまでに満ちあふれていくこのあてどない想いを、忍はいつだって余すことなく受け止めてくれるのをもうとっくの昔に知っている。