創作BL│A5│ 28頁 │ 200円 │ 16/07/18
「ねえ、手を繋いでもいい?」
恋人の双子の姉から差し出されたのは、いかにも彼女らしいそんな提案だった。
「いいけど――」
戸惑いを隠せないこちらを前に、にっこりと得意げに笑いながら、祈吏は答える。
「マーティンはわたしのお兄ちゃんでしょ? だったらはずかしくないかなって」
「……もちろん」
遠慮がちに、差し出された白くてちいさな、やわらかな掌を僕はそうっと包み込むように握りしめる。すっかり慣れてしまったそれよりも一回りはちいさくて、頼りなくて―きっと、彼がずっと触れたくて、その願いを閉じこめてきたはずのそれに手を伸ばすことが、こんなにもあっさりと赦されてしまうだなんて。どこか複雑な気持ちにならざるを得ないのだけれど。
ぐらり、と揺れる思いに足を取られてしまわないようにと踏みとどまるようにしながら、口元だけは精一杯の笑顔を作ってみせる。そんなこちらの様子に気づいたのか、にっこりとあのまぶしげな笑顔を浮かべながら投げかけられる言葉はこうだ。
「カイともね、子どもの頃はよくこうやって、手を繋いだの」
長い睫毛をふわり、とそよがせるようにしながら、僅かに目を伏せて祈吏は呟く。
「大人になったら家族とも手を繋いじゃいけないなんて、そんなの変だなって、ずっと思ってた」
僅かに滲んだ言葉の端からこぼれ落ちていく本音に、ぎゆうっと胸の奥をさらわれるような心地を味わう。あまく息苦しいその感触に酔いしれるかのような心地になりながら、握りあった指の先に、ほんの少しだけ力を込める。
大丈夫、離さない。大丈夫、わかってる。形やいきつく先はたとえ違っていても、こんなにも大切なのは、僕だって一緒だから。
「ねえ、いの」
「マーティンは―」
気まずそうに口をつぐむ態度を前に、ひとまずは促すように視線を投げかければ、少しだけ歩調を落とすようにしながら放たれるのはこんなひとことだ。
「マーティンは、お兄ちゃんがいるのよね?」
「……あぁ、」
時折立ち寄るコーヒースタンドの看板をちらり、と横目に見ながら、僕は答える。
「八つ上だよ。リバプールに住んでるから、いまはもうたまにしか会わないけれどね」
どこか遠慮がちに、上目遣いのまなざしを向けながら祈吏は尋ねる。
「優しかった?」
「……まぁ、それなりには。たまに意地悪もされたし、こっちだって仕返しもしたけれどね」
ぱちぱち、と遠慮がちなまばたきをする横顔をちらりと盗み見るようにしながら僕は続ける。
「ほんとうはずっと、妹がほしかった」
「だからうれしいよ。大人になってから、こんなに大事な妹が出来るなんて思ってなかった」
ほんの一匙だけのリップサービスと―それでも、嘘偽りない本音をひそめた思いをそっと吐き出すようにすれば、握りしめた指先がほんの僅かに震えるのが、触れ合ったその先から伝わる。
やわらかなまなざしをまじまじと確かめることがどこか気はずかしくて、石畳を踏みしめるように歩みを進めるキャラメル色のフラットシューズと、ほっそりした足を包み込むれんが色のソックスへとそうっと視線を落とす。
「カイにね、言われたことがあるの」
僅かに声を震わせるようにして、祈吏は答える。
「友達に、八つ下の弟が居る女の子がいて―祈吏も、僕がもっと年の離れたちゃんとした弟の方がよかったって?」
「……カイらしいね」
ぽつりと吐き出すように洩らした言葉を前に、唇の端だけを僅かに持ち上げて、ぎこちない笑顔がこぼれ落ちる。