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【FF7/レノ×イリーナ】その街の天使

  • D-17 (BL)
  • そのまちのてんし
  • 藤代 明日美
  • 書籍|A5
  • 46ページ
  • 400円
  • http://lovelylic.ivory.ne.jp/…
  • 2014/5/3(土)発行
  • ※別名義で発行したファイナルファンタジー7 レノ×イリーナの二次創作です※

    その街に住む、天使の話をしようと思う。


       レノの窮地を救う事となったスラム住まいの失声症の少女はある一つの秘密を抱えていた…。
    レノが『天使』と呼ぶ彼女と織り成す奇妙な友情、いつしかそれに絡め取られていくイリーナ、ツォンのお話。 エアリスも少し出てきます。


    ★sample★

    「ウッ……」
     ズキリ、と突き刺すような鈍い痛みと共に、額を生ぬるい脂汗が伝い落ちる。こちらのその異変に気づいた途端、少女はその場にそっとしゃがみこみ、汗ばんだ額へおそるおそるとちいさなその手のひらを伸ばす。その間も、微かに震えたその唇からは、言葉は発せられないままだ。
    「……?」
     痛いか、と幼い子どもに問いかける母親のように、どこか慈愛に満ちたまなざしを向けながら、小さな手のひらがそっと髪をなでる。どこか懐かしいようなその感触にそっと酔いしれるようにしながら、ゆっくりと遠慮がちに俺は尋ねる。
    「なぁ、よかったらなんだが……水、くれねえか?」
     促すようにそっと、台所へと視線をやる。
     少女は黙ったまま、形のよいその頭をこくりと小さく縦に振ると、こちらの想像とは裏腹に、するりと背を向けると、奥の部屋へと姿を消す。
    「……おい」
    引き留めようにも、喉の奥に異物が詰まったように声が掠れて、うめき声のような声しか上げられそうにはない。どこかに助けでも呼びに行ったつもりだろうか。全く、それならそれで躊躇うことなく始末しておくべきだったのかもしれない。
     肩で息を吐くようにしながら、こわごわと銃をしまったそのはずの胸元に手を延ばそうとしたその瞬間。ガチャリと扉が開き、手にした籠いっぱいの荷物を抱えたその少女が、単身ふらりと姿を現す。
     包帯やタオル類といった、恐らく応急処置の為に用意してくれたのであろう荷物の入った籠を片手に、少女はゆったりとした足取りでこちらへと近づく。その動きに合わせるようにふわふわと揺れる薄い水色の綿のワンピースの裾をぼんやりと見つめていると、小さなその足は、無様に転がり落ちたロッドの前でふと動きを止める。
    「悪いな、置いといてくれるか」
    こくり、と小さく頷くと、少女は机の上へと、手にしていた籠と共に、拾い上げたロッドをそっと置く。そしてそのままゆっくりとこちらの前でしゃがみ込むと、コップに並々と注いだ水の入ったグラスと共に、痛み止めらしき錠剤をそっと差し出す。
    「飲めって?」
    「……」
     どこか圧力にも感じられるその眼差しに促されるようにしながらよく冷えたその水と共に、手渡された錠剤を一気に流し込む。喉を滑りおちていく水がからからの身体にゆっくりと染みていくのを感じるその時、ようやく酷く喉が渇いていた事に気づく。
    「これさ……なんか、ヤバい薬じゃねえよな」
     冗談のつもりで発した言葉を前に、少女は僅かに顔をしかめる。異変に気づき、頭でも撫でてやろうと思ったが、あいにく両手のひらが血にまみれているせいでそれすらもままならない。こちらのそんな躊躇いなど気にも止めない様子で、少女はその小さな指で丁寧にシャツのボタンを外すと、露わにされた傷口にそっと、清潔なタオルをあてがう。
     手慣れた物だ、と思う。スラムに育てばこと暴漢の相手だけでは無く、急に現れた手負いの傷を背負った元暴漢の世話すらも上手くこなせるようになるのだろうか。
     すっかり血にまみれてしまった小さなその手のひらが、器用にきゅっと包帯の先を結ぶ。一連のその仕草をぼんやりと眺めながら、早くも痛み止めが効いてきたのか、少しずつぼんやりとした頭の中のもやが晴れていくのを俺は感じる。
    「あんたさぁ」
    揺れるまなざしをじっと見つめるようにしながら、俺は尋ねる。
    「……もしかして、喋れねえのか?」
     図星をついたのか、桜色の小さな唇が微かに震える。声を上げないのはどうやらそのせいだったらしい。何の気なしに尋ねたそのつもりだったのに、瞳の色を曇らせたまま俯くその表情を前にすれば、途端に後悔の念のような物に襲われるのを感じる。
    躊躇いながら、それでも伸ばす事は出来ない血にまみれた手のひらをぎゅっときつく握りしめ、ぎこちなく笑いかけるようにしながら俺は続ける。
    「そうじゃねえんだ。折角世話になったんだから名前くらい聞いておきたいと思っただけなんだぞ、と。いつまでもアンタじゃ、幾ら何でも味気ねえだろ?」
    「……」
     問いかけを前に、少女はこくり、と小さく相づちを打つかのように頷きながら、こちらの手をそっと取り、残されたもう片方の手のひらをそっと開くジェスチャーを見せる。
    「手、広げろって?」
     こくり、と小さく頷く。その仕草に導かれるように、躊躇いながら血にまみれた手のひらを広げると、少女はその華奢な指の先でそっと、一文字一文字言葉をなぞる。
     T・E・R・E・S・A
     どうやらそれが、彼女の名前らしい。
    「テレサ、か。良い名前だな、よく似合ってる」
     答えた途端、俯いたまま照れくさそうに微笑むその笑顔には、年相応の幼さが滲む。邪気の無いその微笑みを、俺は素直に心地よく感じる。
     未だ微かにくすぐったく感じるようなその手をぐったりと床の上へと置こうとしたその途端、せがむように、ところどころが血に染まった小さな手のひらがそっとこちらへと差し伸ばされる。
    「俺も、か」
     こくり、と小さく頷く。その仕草にほだされるようにしながら、少女がしたのと同じように、手のひらの上をそっと、指先でなぞるようにしながらスペルを綴る。
     R・E・N・O
     レ・ノ
     小さな唇は、音を発さないままゆっくりとその形に動く。一連のその仕草を見ていれば、何故か不思議に胸の奥がざわりと揺らめくかのような錯覚に襲われるのを感じる。
     誰かに名前を呼ばれる事でこんな感覚を覚えるだなんて、思えば初めてかもしれない。確かなのは、ゆっくりと胸の奥で何かが満ちていくかのようなこの感覚が、決して不快では無いという事だ。

     
     振り返って見ればそれが、俺と天使とのファーストコンタクトでの一部始終だ。

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