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けんちゃんとえみちゃん。

  • い-11 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • けんちゃんとえみちゃん
  • 丹羽夏子
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 84ページ
  • 400円
  • 2018/06/10(日)発行
  • 健人くんと笑子ちゃんは大学生。
    大学のピアノサークルで知り合ったピアノ弾きのカップルだ。
    二人はごくごく普通のカップル――のはずだが、けんちゃんのえみちゃんへの愛はちょっぴり重すぎるみたい……。
    今日もけんちゃんの杞憂をえみちゃんの包容力が一蹴する。
    ほのぼのあまあまお砂糖充分、時々性について真剣に考えてみることもある現代恋愛もの掌編連作。

    【この作品は……】
    Twitter企画『ヘキライ』を通じて執筆した掌編連作シリーズです。
    『ヘキライ』とは、季刊ヘキというアンソロジー企画から派生したTwitter企画(とりまとめ:季刊ヘキ公式アカウント @kikanHEKI )で、毎週土曜日に提示されたお題をもとに小説・詩・イラストなど各自好きな媒体で創作作品を作るというものでした。
    ヘキとは、
    「あなたの性ヘキ(広義)を露わにしてください。気づけばいつも書いてしまうシチュエーション。頻繁に登場させてしまう性格・設定のキャラクターや関係性、または舞台。などなど。森や空の描写が多い、登場人物をよく笑わせる。そういうものも性癖のひとつだと思います。そんな、各々が好きでしかたないものを集めて掲載するアンソロジー企画です。
    しかし書けば自ずからヘキは表れていくものだと思います。創作をする方々は、おおむね好きなように書いていらっしゃるはずです。なので「あなたの性ヘキを露わにしてください」とは言いましたが、あまり深く考えずに書いてください。そこに、ヘキはあります。」
    (季刊ヘキ 公式サイト http://heki.otoshiana.com/ より抜粋) とのことです。
    本作品には『ヘキライ』のお題を使用した作品12作品と関連作3作品を収録しています。


    【本文試し読み】

     辺りを大勢の人が行き交っている。
      制服姿の女子高生が右から左へ通り過ぎていく。化粧っ気のない顔は寒さで蒼ざめている。それでもスカートの丈は腿の途中までしかない。
      コンサヴァティヴな服装の女性が左から右へ通り過ぎていく。片手にスマートフォンをもって必死に何かを調べている。辺りを見回しながらの足取りを見た感じ道に迷っているのだろうか。
      サラリーマン風の男性が前から後ろへ通り過ぎていく。くたびれたスーツの上にトレンチコートを着ている。手はコートのポケットに突っ込んだまま出さない。
     白髪の老女が後ろから前へ通り過ぎていく。赤紫色の上着に薄紫色のマフラーをしている。手押し車に体重をかけていて足元がおぼつかない。
     誰も彼も足を止めない。ある者は急ぎながら、ある者はゆっくりと、歩き去ってゆく。
     何も師走だからではないと思う。駅前はいつもこんな感じだ。
     誰も互いを知らない。見向きもしない。ここではみんなあかの他人で触れ合うことも語り合うことも目を合わせることすらない。
     でもこんな空間は嫌いではない。
     自分が空気に溶けている気がする。
     ひとびとの群れに同化する。自分が消えてなくなる。この世から自分の名前が消滅している。
     僕も、ここを過ぎ去るひとびとにとっては名前も知らない誰かだ。
     消えて、いなくなる。
     場所に溶ける。
     そう思ったその時、突然だった。
     誰かが後ろから抱きついてきた。
     しがみついてきた、が正しいかもしれない。腹の辺りに腕を回して、一生懸命僕を抱き潰そうとしている。その細い腕に出せる力など大したものではないけど――むしろその苦しさが甘く愛しい。
    「ごめんねけんちゃんごめんねごめんね、寒いのに今日もいっぱい待ったね」
     彼女が僕の名前を呼ぶ。そうして僕は名前を取り戻す。
    「お店の中に入っててよかったのに」
    「ううん、一分一秒でも早くえみちゃんに会いたいでしょ。えみちゃんがお店を探す時間がもったいないんだよ」
    「けんちゃんのばか。風邪とかひいたら絶対ゆるさないんだから。私、すごく、すごく、怒るんだからね」
     知らないひとびとが立ち止まって僕たちを眺める。けれど彼女はまるで意に介さない。背中に頬を寄せて「早くあったまらなきゃ」と言う。
    「あっためてあげるからね。ね」
     こうして今日も僕は彼女を待ち続けたことについて自分を褒めるのだ。

    (05 知らない人 より)


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