こちらのアイテムは2020/5/18(月)開催・Text-Revolutions Extraにて入手できます。
くわしくはText-Revolutions Extra公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

【ローファンタジー】四季の見た色

  • 草津-35 (ハイファンタジー)
  • しきのみたいろ
  • たまきこう
  • 書籍|その他
  • 32ページ
  • 300円
  • とある高校の図書室。
    その奥にある図書準備室では、過去在籍していた生徒たちが置いて行った忘れ物を預かっていた。

    図書室に通っていた椿は、その忘れ物を通し、生徒たちの物語を追体験してゆき…




    書きおろし+既刊の引用による、既刊の紹介本になります。
    手製本版を頒布していましたが、今回から印刷所に製本版になり、価格が少し上がっています。
    内容は基本的に変わっていません。





    【試し読み】
     椿は、心を落ち着かせるように目を閉じる。ひとつ、息を落とした。再び目を開けた時、少女は目の前に立ちふさがる代わり映えのしない教室の扉をふたつ、ゆっくりと叩いた。みっつだけ、数える。扉の向こうから、反応は返らない。だれも、いないのかも知れなかった。

     もしかしたら、と言う思いを捨てきれず、今度は引き戸になっているその扉をゆっくりと横にスライドさせる。鍵はかかっていなかった。

    「せんせ、」

     海辺の近くにある高校の図書室の奥に扉がある。その先には司書の先生のための図書準備室であり、過去の学校の歴史を記録している場所であり、そして、生徒たちの忘れものを保管している場所だった。開いてすぐに目に飛び込んでくるのは、小さな部屋の中に詰め込まれているたくさんの本、書類の山。立ち並ぶスチール棚にびっしりと詰め込まれている。入学、卒業アルバム、そして学校の歴史が記録されている厚手の本たち。その奥に、少女たちの忘れものが並べられている棚があった。椿は、その僅かに埃っぽい匂いのするその部屋の中で、その忘れられてしまったものたちを眺めているのが好きだった。本やノート、少女たちの間で交わされる手紙、栞、そして制服のリボン。それらのものたちが、その時の温度のままで残されているような気がしてならなかった。

    「来ていたんだね」

     ふらふらと、棚の合間を彷徨っていた椿はその声にびくりと肩を振るわせ、そして振り返った。視線の先には、司書の高崎先生が立っていた。手にマグカップを持っているところを見ると、お湯をもらいに行っていたのかもしれない、と椿はおもった。

    「反応がなかったんですけど、鍵は開いていたので」

     どこか言い訳めいたその言葉に、怒っているわけじゃない、と先生は僅かに笑った。

    「好きに来たら良い。ここは、君たちの学校なんだから」

     口癖のように、今は君の学校だ、と言う先生は図書準備室の中の、棚の奥に隠れるように存在する机に向かう。少女もその後をついていく。机の近くに置かれたパイプ椅子が、椿の席だった。椿はその、先生の隣の席を愛していた。

     

     図書室に通っていた少女が、この部屋の忘れものたちを知ったのは、入学して二年が過ぎた夏のこと。部活の先輩が、突然居なくなったのだった。それは日々の中に当然のように溶け込んでいったが、少女にはそれが受け止めきれなかった。なにかを知っていそうな先輩も多くを語ろうとはしない。ある日、先輩が置いていったものを、図書準備室に運ぶことになり、椿は初めてこの部屋の中に入ったのだった。

    「そこに置いておいて、あとはこちらでやっておくよ」

     図書準備室の先生は、慣れた様子で先輩の私物であった本や細々としたものを受け取っていた。

    「それは、どうするんですか?」

     未練がましく、最後までずるずると残っていた椿は、先生に尋ねる。ゆっくりと受け取ったものを眺めていた先生は、そうだね、とあたたかい声を漏らした。

    「残しておくよ、ここではそういうことになっているからね」

    「ここでは?」

     尋ね返した少女に、先生はそうかと納得したように頷く。そして、手にしていた本を棚の上に戻すと、椿に向き直る。海の底のような青みがかった瞳が、椿を見ていた。吸いこまれそうだ、とふいにおもい、少女は目を逸らす。

    「君は初めてなんだね、座るといい。少しだけ、話をしよう」

     机の脇に折りたたまれていたパイプ椅子を引き出すと、椿に示す。動いた先生から煙草の匂いがした。

    「この学校ができたばかりのころは、女学校で、嫁ぎ先が決まった女学生から、卒業をしていく。彼女たちの忘れものを預かっていたのがこの場所だった」

     やわらかい声音で語られるその話を、椿は心地よい気持ちで聞いていた。ずっと、昔の話。椿の祖父母よりもっと前の話だろう、とおもう。

    「毎年、数人の生徒が在学中に居なくなるのは知っている?」

     知らない、と椿は首を振る。毎年数人、というその人数が多いことは分かった。少し表情が固くなったことに気がついたのか、先生は違うよ、と苦笑いを浮かべる。

    「この学校には、毎年、海に返らなければならない生徒がいるんだ」

    「うみに、かえる?」

     聞き返された言葉に、先生が深く頷く。そして、背中を椅子の背もたれに預けると、深く息をついた。肺の空気とともに、なにかを外へ逃がすように。

    「人魚だよ」

     にんぎょ、と言葉が頭を滑っていくのを感じた。魚の尾びれを持つ、ひと。人魚。

    「彼女も、そうだった」

     示したのは、椿たちが運んできた先輩の持ち物。

     ああそうか、と椿はおもった。先輩も、海へと帰ったんだ。

     

     

    「わたし、今日で一八歳になるの、わがままだけど、誰かに覚えてて欲しかったのね」

     先輩は振り返ると、来ないでというように手を上げる。先輩の足は海につかっていて、押しては寄せる波がその足元をすくいあげようとしているように見えた。私たちは、波の来ない砂浜で先輩の姿を声もなく、見つめていた。

    「付き合ってくれて、ありがとう」

     先輩はゆらりと後ろに倒れこむ。水飛沫を一つもあげず、ゆっくりと海へと消える。僅かに尾を引いていた夕陽に照らされて、表情は何も見えなかった。ただ、その姿を綺麗だと思った。しなやかな白い四肢が海へ溶ける。

    「おやすみなさい」『制服の裾を翻し』

     陸に上がった人魚たちが過ごす、最後の高校生活の物語を綴った短編集。

      

     

     


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