わずか数十センチのカウンターの先にいる君へ、あなたへ
僕の、私のあふれるほどの思いを伝えたい
カウンター越しに思いをよせる三組の男女の恋を綴った短編恋愛小説集
【収録作品】
「七十六番の彼」
「恋のカミカゼ」
「笑顔が戻った日」
本編作品の他、書き下ろし掌編小説1編、掌編小説2編を収録しています。
もしよろしければお買い求めいただけたら幸いです。
★★★電子書籍版は148円(税込)で販売しております★★★
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★★★以下に試し読みを掲載しています★★★
七十六番の彼
私は今恋をしている。彼の名前は知らない。一方的な私の片思い……。
彼が私の名前、名前と言っても名字、制服に付けているネームプレートに記された「河合」という名字が彼の視界に入って記憶されているかはわからない。
彼の年齢は二十代後半から三十代前半くらいかな? 彼については何も知らない。
いや、彼について唯一知っていることは、彼が愛煙家だということ。
彼は時折私の前に姿を現し、少しだけの会話を交わす。
「いらっしゃいませ」
「七十六番のたばこを一つください」
「はい、こちらの商品でよろしいですか?」
「はい」
「お手数ですが承認ボタンを押してください」
「はい」
「四百四十円になります」
「はい」
「五百六十円のお返しです。ありがとうございました」
会話はこれだけ。単なるコンビニでの接客応対。
だけど、このひと時が私にとってはとても素敵な時間。
彼の声はとても耳触りが良く、私の鼓膜に甘く優しく響く。
続きは紙本もしくは電子書籍で。
恋のカミカゼ
月曜日の午後八時、今日も俺はここへやって来た。
俺にとってオアシスと言える場所。疲れた心と身体をアルコールを飲んでリフレッシュする。
年季の入った木製のドアを開け俺は店内に入った。
「こんばんは~」
「いらっしゃいませ」
いつものマスターの声。
「いらっしゃいませ、鈴木さん」
いつもの恭子ちゃんの声。
この時間帯には珍しく客は俺一人だけ。カウンター席に腰掛け、マスターから差し出されたおしぼりで手を拭う。
「鈴木さん、今日は何からお飲みになりますか?」
マスターがにこやかな笑顔とともにオーダーを聞く。
「まずは生ビールを」
「かしこまりました。恭子、生ビール一つ」
「はい」
恭子ちゃんが操作するビールサーバーからビールがグラスに注がれていく。俺はビールサーバーを操作する恭子ちゃんの姿をぼんやりと眺めていた。
この店「トミーズバー」には転勤でこの土地に越してきた三年前から通い続けている。
この店は自宅最寄り駅から自宅までの帰り道の途中にあって通うのに非常に都合が良い。どんなに酔っ払っても自宅には無事にたどり着ける。
俺は毎週月曜日と金曜日の夜に必ずこの店を訪れる。月曜日の夜に金曜日までのエネルギーを補給し、金曜日の夜にたまった疲れを癒やす。まあ、仕事の憂さ晴らしやうれしいことがあった日は曜日にかかわらず訪れてしまうのだけれど……。
月曜日の夜は穴場だ。客が比較的少ない。好きな酒をゆっくりと味わえる。もちろん翌日の仕事に差し支えないように飲み過ぎには注意している。
月曜日の夜の楽しみは恭子ちゃんとのカウンター越しのつかの間の会話だ。忙しくなければ一杯付き合ってくれる。もちろん俺のおごりで。今日は月曜日、今日も恭子ちゃんとのつかの間の会話を楽しみたい。あわよくば、俺の恭子ちゃんに対する思いを伝えたい……。正直に言おう、俺は恭子ちゃんに惚れている!
続きは紙本もしくは電子書籍で。
笑顔が戻った日
七月二十九日火曜日、いつもと変わらない一日……。
「はぁ……」
「紗月ちゃん、またため息ついてるわよ。笑顔、笑顔」
「すいません、太田さん」
「愛しの彼が来なくなってからしばらくたつものね。またひょっこり現れるわよ」
「そうだといいんですけどね……」
彼がお店に来なくなってから何日たっただろうか。これまで頻繁に来店していたのに、ぷっつりと来なくなった。彼に会いたい。彼に会えれば、満面の笑顔をお客様にご提供できるのに。今の私の笑顔は作り笑い。心の底から笑っていない……。
平日は専門学校に行った後、ハンバーガーショップでアルバイトをしている。就職後の勤務時間にあらかじめ体を慣らすためと、自分の夢を実現するための資金作りのために働いている。
土日はたまに友達と遊びに行くけど、友人の彼氏との惚気話を聞かされたり、友人と「彼氏欲しいなぁ……」という願望を共有しあったりと、刺激の少ない休日を過ごしている。
彼氏欲しいなぁ……。彼が私の彼氏になってくれないかなぁ……。イケメンだから彼女いるんだろうなぁ……。私の片思いなんだろうなぁ……。
私の片思いの彼の名前は知らない。
知っていることは、メガグランデバーガーのセットを毎回注文するということ。ドリンクは必ずホットコーヒー。それだけしか知らない。お客様と店員という関係から恋人関係に発展することはまずないだろう……。
彼と話がしたい。だけど、彼と私の間には「カウンター」という障害が邪魔をしている。この障害をクリアしなければ、彼と話すことはできない。
私はレジの前でぼーっとしながら立っていた。すると入口の自動ドアが開いた。私は我に返り、「いらっしゃいませ!」と挨拶した。
お店に入って来たのは私が片思いをしている彼だった。
続きは紙本もしくは電子書籍で。