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【現代】【恋愛】洋菓子専門店ショコラに訪れた幾つかのバレンタインの物語

  • 熱海-16 (現代)
  • ようがしせんもんてんしょこらにおとづれたいくつかのばれんたいんののものがたり
  • 鈴響雪冬
  • 書籍|A5
  • 54ページ
  • 300円
  • https://snowysnow.sakura.ne.j…
  • 2007/1/21(日)発行
  • ※初めて鈴響雪冬の本を買う方におすすめです

     

    葛藤 × バレンタイン

    「それは恋の初期症状で、末期症状」

    バレンタインデーを前にして、洋菓子専門店ショコラに訪れたいくつかのカップルと物語。
    バレンタインの持つ不思議な力は、彼らにどんな結末をもたらすのか―――。

     

    ストーリー

    人生は辛いことが多いから、お菓子は甘い。
    恋愛は辛いことも多いから、バレンタインデーは甘い日。

    ずっと片想いだった。でも、もう俺は耐えられない。
    今までずっと仲良しだったのに、どうしてこんな事になったんだろう。

    バレンタインデーを前にして、洋菓子専門店ショコラに訪れた幾つかの恋の物語。
    バレンタインデーの持つ不思議な力は、恋を成就させるのか、それとも―――。

     

    書き出し(第一章「バレンタインの明け方に」より)

    読みづらい場合は公式ページでも読めます

    「私なら、今食べているのを口移しで、かな?」

     直後、十数枚のタイルを床に叩き付けたかのような音が厨房を満たした。

    「歪んじゃうから気をつけてよ」

    「す…すいません」

     床に落ちたステンレス製の焼き型(セルクル)を全て拾い上げてから、工藤は私に向かって頭を下げた。それを確認してから目を手元に戻して、粉ふるい(シフター)で砂糖をかける作業を再開する。

    「私の答えはそんなに変?」

    「えっ…あ…芹沢さんらしいと思います」

    「それって、私が変人ってこと?」

    「そ、そんなことはありません!」

    「それならいいけど。それで、貴方はどうなの?」

    「えっ?」

    「だから、後で食べようと思って取って置いたチョコレートを彼氏が食べているのを目撃した時の対応」

     砂糖をかけ終わったスコーンをバットから展示用のトレイに移し替えながら、さっき自分がされた質問を工藤にそのまま返す。トレイの上では雪化粧をしたスコーンが、女の子の笑顔を待っているように見えた。

    「えっと…私は…」

    「私は?」

    「怒っちゃうかも…しれません」

    「食い意地張っちゃ駄目よ」

    「えー、だって、せっかく楽しみにしていたチョコですよ? もう一個同じのか、もっと値段が高いのを買って貰います」

    「じゃあ、その時はこの店のをお願いね。電話してくれれば、もの凄く高く付くケーキを用意しておくから。無駄にトリュフとかをトッピングした」

    「それ、いいですね」

     移し終えたスコーンをトレイごと調理台の端に移すと、冷蔵庫からしっかりと冷やした生チョコを取り出す。ココアパウダーを手元に寄せ準備を整えると、一センチほどの厚さに伸(の)してあった生チョコに、お湯で温めた包丁を入れる。するとそれはゆっくりと音も立てずに沈んでいった。取り出した全ての生チョコを賽(さい)の目に切り分け、ココアパウダーを振りかけようとして―――

    「あー」

    新しいシフターと綺麗なバットがないことに気が付く。一旦作業を中断して、壁に取り付けられた戸棚の扉を開く。

    「それにしても、何が楽しくてバレンタインに女二人で朝早くから作業をしているんでしょうね」

    「私の台詞を代弁しなくてもいいのよ」

     さっきのそれより大分小さい、よく見かける食品トレイのようなバットを取り出す。

    「でも、何もすることがないよりはいいですよね。それに、この時期にチョコを買っていく女の子って、みんな可愛いじゃないですか。見ているだけで幸せになりそうなほどの笑顔を振りまいて」

    「そうね」

     バレンタインか………。あの男の子、上手くいけばいいけど―――。
     あれ?
     気が付くと持っていたバットが無くなっていて、厨房にぐわんぐわんと音が飛び散った後だった。

    「これでおあいこですね」

    「あー、そう言われるとなんか悔しい」

    「芹沢さんにしては珍しいですね。考え事ですか?」

    「んー…ちょっと気になる男の子がいてね―――」

     そこまで言って、しまったと思った。もうすこし言葉を選ぶべきだった。

    「うわー…それって恋ですか?」

     わざとらしく大きな溜め息をつき、私はどうやって矛先を変えるか考える。ここで必死になって弁解するのもまた面倒だ。だとしたら、話を曖昧にしておくのが丁度良いのかも知れない。それに、あながち嘘でもないのだ。

    「まあ、そんなところ」

     ヒマワリの種達の中から淡泊な実を必死に取り出そうとしているハムスターのように目を輝かせながら質問を浴びせてくる工藤を軽くもてあそびながら、私はこの間の男の子のことを思い出していた。

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