「ささ、どうぞお嬢様、手を。」
ヒマワリのような髪、ワインレッドに染まる髪。
夜の空に似た髪、空色を淡く灯す髪。
大輪の花火に負けずとも劣らない輝きと情緒を含んだ髪。
移りゆく時間と模様を映し出すその髪は、彼女自身をも映し出していた。
黒髪とそれを持つ5人の少女達の日常を描いたオムニバス小説
ある人は彼氏に邪魔になるから髪を切れと言われ、近くにあった理容院に駆け込んだ。
ある人は髪に合うシャンプーを見つけられずに悩んでいた。
ある人は奥さんの長い髪が気に入っていた。
ある猫は同居人の長い髪が気に入っていた。
ある人は寝癖と格闘していた。
ある人は友達の髪型を結って満足していた。
これは、黒髪とそれを持つ5人の少女達の日常を描いた物語。
木肌の色にも似た軟らかい光が窓の外から伸びているのを視界の隅に見留ながら、桁すらも忘れてしまった今日幾度目かの欠伸をかみ殺し、たばこの箱へと手を伸ば―――勢いよくドアチャイムが鳴り響くと、最愛の彼に一方的に振られてしまってさんざん泣きはらした後のような目をした女の子が入ってくるなり、「ばっさりと切ってください」と、これまたドアを開けたときのような勢いで言い放った。
突然の出来事に、その言葉を最後に空間全体が固まってしまう。
再び時間が動き出したのは、彼女が「あの…」と細い声を出してからだった。
「あっ、ああ、すまない。こちらへどうぞ」
散髪台のある方を示して彼女が動き出すのを目で追いかけながら、引き出しから刈布を取りし、広げた。椅子に座った彼女の後ろに回り、そのマントを使って彼女の首から下を覆い隠していく。マントの下に隠れた髪と首の間に手を入れ、その髪を外へと掻き出―――。
その感触は、透明な空気で編んだ糸が手のひらの上で踊っているかのような感触だった。
それと同時に辺りに広がった香りは、その貴婦人の踊りには良い意味で似合っていない、軟らかい石けんの匂いだった。
えっと…。
その匂いには、記憶をかき消す能力があるのだろうか。次にすべき行動を私は即座に思い出すことができなかった。それでも体が覚えていたのか、すぐに「どのように切りましょうか」と尋ねた。
「えっと、ばっさり、お願いします」
改めて彼女の髪へと目を向けた。水色の刈布の上に広がる、すべての始まりを思わせる闇の上を、天の川にも見えるハイライトが意志を持っているかのように僅かに揺れ続けている。
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