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ラーレ畑の少年

  • F-03 (恋愛)
  • らーればたけのしょうねん
  • nano,Miki
  • 書籍|A5
  • 42ページ
  • 400円
  • 2018/4/1(日)発行
  • *花MAP参加作品*

    チューリップをテーマに3編の創作男女を詰めた合同短編集です。

    表題作の『ラーレ畑の少年』では、思春期を祖父に育てられた花が、祖父の死をきっかけに彼の再婚相手との間に出来た子である樹を引き取ることになったものの彼に大きな嘘をついてしまって……?  花屋の女性が出会った怪しい青年の秘密に迫る『花鬼』、欲しがりな男の子と素直になれない女の子の誕生日を巡る『Please Give Me!』も収録しております。噎せ返るほどのチューリップをお楽しみください。

    *表紙絵は結賀こはる様に描いていただきました。



    *以下試し読みです*




    「うん、樹くんを花が育ててくれないかなって」

     にっこりと、しかし真剣な顔で兄は言う。僧のお経と啜り泣く声が響く中、突然告げられたそれに花は目を回した。なにせ、祖父とその再婚相手の急な訃報に駆け付けた矢先にこれだ。急すぎる。

    「待って、私があの子を育てるの? 子育てしたことも無い私が?」

    「うん。俺や風羽姉、蝶也は仕事柄いつも海外にいるし、在宅で日本にいる花くらいしか頼める人が居ないんだよ。他の親戚だって基本的に海外に住んでるか一年単位での転勤が多いし樹くんの負担にもなるかなって。それに俺たちをここまで育ててくれたじいちゃんの、息子じゃないか」

     私達の両親は、私が十五歳の時に事故で亡くなっている。風羽、清月、末っ子の蝶也と私を含めた四兄弟は身寄りを無くし、途方に暮れていたところ、定年退職後、一人でチューリップを育てながらゆっくり暮らしていた祖父が纏めて引き取ってくれたのだ。貿易や外資に関する仕事をしていた親戚が殆どだった為、祖父の申し出はありがたかったらしく誰も反対する者は現れなかった。祖父は、急に子供が四人も増えて大変だっただろうに、根気強く、優しく育ててくれた。祖父の元を離れてまだ十年も経っていない。祖父に色んなことを教えてもらった。祖父も様々な国から、色んな商品を仕入れて小売店に売る仕事をしていた。そのおかげで、家には見たことも無いような字で書かれたおもちゃやお菓子などがあった。特に私が気に入ったのは外国の本で、いつも英語でもない不思議な文字の羅列を眺めながら、どうやって読むのだろうと考えていた。たった三年間の生活だったが思春期の私に大きな影響をもたらし、成長した今では、フリーランスの翻訳者をしている。だから、忙しくはしているものの、有難いことに子供1人は養える程度の収入はあるし、他の親戚に比べて生活環境の変化が少ないのも頷ける。だが、子供のお世話はともかく、子育てとなると話は別だ。子供は好きだし、引き取りたい気持ちも強いが、果たして自分にきちんとした子育てが出来るのか、という不安が大きかった。結婚や出産の適齢期にあるとはいえ、配偶者のいない自分に祖父の遺した子供を一人、立派に育てられるのか、と。ふと、親族席の方に目をやると、黒い服を着た男の子が座っていた。あの子が樹くんだろうか。樹くんは祖父と再婚相手の女性との間に生まれた子であることは、知っていた。私が祖父の元を離れ、都内の大学に通い始めた頃、祖父から結婚式の招待状が届いたのだ。あの時の衝撃は今でも忘れられない。結婚相手も祖父より三十歳以上歳が離れていて、それはそれは綺麗な人だった。さゆりさん、という方でとてもおっとりとした、静かな方だ。二人の子供である彼は確か今年で五歳になる筈だが、実際に顔を見たのは初めてである。祖父もまだまだ元気だったのだと思うと、祖父の死が余計に悲しく感じた。祖父はさゆりさんと、出産後初めてのデートの帰りに、雨によるスリップ事故で亡くなったそうだ。さゆりさんも三十歳という若さで命を失った。

     樹くんはきょろきょろと辺りを見回しながら足を揺らしている。すると、こちらの視線に気づいたのか、目が合った。見つめ返すと、祖父の面影が見える人懐っこそうな笑みを浮かべている。今がお通夜であることを知らないような笑みに、ぞっとした。

    「ねえ兄さん。もしかしてあの子……」

    両親が亡くなっている事を解ってないのかしら? そう問おうとしたのに、兄は気付かず、未だ気味の悪さすら感じる笑みを浮かべた彼を呼んだ。樹くんはたとたとと走って目の前で止まる。初めて見る人に興味津々なのか、アーモンドの様な大きな眼を一心に向けてくる。兄が私の肩を掴んで説明した。

    「樹くん、紹介するね。この人が俺の妹の花。暫くの間、きみを預かってくれる人だよ」

    まだ承諾していないのに、この男はさも決まったかのように話を進める。驚き、そしてまだ心の準備も出来ていないのに、と睨み付けるとウインクで返してきた。頭に来て足を踏みつけると、余裕そうな顔で笑ってきた。不思議そうな顔をして見ていた樹くんだが、私が諦めて息をつくと、自己紹介を始めた。

    「はじめまして、さくまいつき、五さいです! よろしくおねがいします!」

    「樹くん、はじめまして。清月兄さんの妹の花です。これからよろしくね」

    「うーん、花、もうちょっとにこやかに行こうよ〜 せっかくこれから過ごす仲なんだから、さ」

    「兄さんったら、ここはそういう場じゃないでしょ」

    へらへらとお気楽な兄を窘めていると、樹くんが声をあげる。

    「ねえ、花さん。なんでみんなあんなに悲しそうな顔をして泣いているの? なんでパパとママの顔があそこに置いてあるの?」

    樹くんの混じり気ない真っ直ぐな眼が心を射抜いた。こんな純粋で、苦しいほど残酷な疑問にどう答えるのが正解なんだろうか。答えられず、固まっていると代わりに兄が話しだす。

    「パパとママはね、暫くの間出掛ける事になったんだよ」

    「どうして? ぼくはどうして連れて行ってくれなかったの?」

    樹くんの眼にたちまち涙が浮かぶ。亡くなっていることを気づかせたくないのか、慌てた兄は急いでその問いに答えた。

    「それはね、パパとママは樹くんを試す為に遠い遠いところへ行ったからさ」

    「ためす?」

    私は呆気に取られて声も出ない。兄の真っ赤な嘘を鵜呑みにして、聞き返す樹くんに、教鞭を振るかのように、兄は続ける。

    「うん、樹くんが大人になれるように、俺たちもやってきたことさ。きっと……そうだなぁ、樹くんがおじさんくらい大きく大人になったら帰って来てくれるよ。だから、暫くは花さんのところで暮らすんだ、いいね?」

    樹くんは潤む瞳を堪えながら、兄の詭弁を必死に聞いていた。そして彼はうんと頷いて私にもう一度よろしくお願いします、と言った。その声は震えていて、それでいて、しっかりとした声だった。兄はわしゃわしゃと頭を撫でて、にっこりと笑った。

     なんて残酷な嘘なんだろう。彼の肉親はもう戻ってはこないというのに。それを伝えず、ただ、出かけているだけだと。いつかは戻って来ると。兄はまるでいいことをしたかのように誇らしげだ。もう一度、今度は思い切り彼の足を踏みつけると、あいてて、と呟いた。


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