硝式鬼と呼ばれる化け物の出る世界。 宵待御史に就けられた怠け者の《騒動を起こす男》と、 《晶明族の鬼》の真面目な少女が出会ったとき、 何かが変わる——のか!? 一応シリアスファンタジー(保証は致しません)
【冒頭立ち読み】
「ライオット―!?」
ユアンたちが探し始めてから、すでに小一時間は経っている。
「莫迦ライオット、返事くらいしろー」
温厚なシニャンでさえ苛々とし始めた。
根城としている部屋にもいない。お気に入りの窓際のソファにもいない。黴に侵された古書の並んだ閉架書庫にもいない。このだだっ広い学内図書館の中では、探す場所など計りしれない。だが、もう時間がないのだ。
「この騒動(ライオット)を(・)起こす(ランナー)男!」
その時、ごそりと何かが動く音をユアンは聞き逃さなかった。即座に走って、書棚の下にうずくまるように眠る目当ての人物を見つけた。
「この莫迦男」
語尾にハートマークが付きそうな甘い声を出しながら、襟を締め上げる。
「もうすぐ卒業試験が始まる時間よ。起こしてって言ったのはあ・な・た・で・しょう!」
「ゆ、ユアン、落ちる、落ちる」
シニャンが慌ててユアンを止めに入ると、件の主はのんびりと起き上がった。
「あー…………めんどくさいなあ」
「卒業に関わる大事な試験! しゃきっとしやがれ」
「へいへい」
「それに『賭』をしているんでしょう!?」
「へーい」
「あ、大変! もういくらも時間がないよ!」
シニャンの言葉に、二人は慌ててライオットの手を引き図書館を後にするのだった。
* * * * *
端的な事の起こりは、数か月ほど前に遡る。
「幾何学、地学、文化人類学」
「もう終わったのか? ライオット」
『騒動を起こす男』というのは、誰かがいつだか呼び始めた愛称だ。今では本名で呼ぶ者は誰ひとりいない。
「当たり前だ。古文、歴史、美術。一本につき五千クリュずつね」
「サンキュー」
放り投げた論文を大事そうに受け取り、各々金を支払って自室へと急ぐ。これからこのレポートを自筆で清書し、買い取った原文は処分しなければならないのだ。時間が無いわけではないが、一刻も早く終わらせて、安堵したいのだろう。
「またなんかあったらすぐに持ってこいよ―」
素早く消えそうな彼らの背中に声をかけると、そのまた背中からかわいらしい声が重低音で聞こえてきた。
「なにを、持ってこい、ですって?」
恐ろしさに身を竦ませながら振り返ると、ユアンが素敵な笑顔で立っていた。
「あなたって子はまったくもう、違法なことでお金稼いでばっかりないで、少しは自分の勉強にも精を出せっつーの」
母親の小言のようだが、ユアンは同級生である。授業にも出ないで図書館に籠りっきりとなっている彼を、何かにつけては訪れ、様々なお節介を焼いてくれる。ライオットはありがた迷惑と言うが、彼女がいなかったら彼は卒業試験まで辿り着けなかったかもしれないのは事実である。
「法律に『レポートの代行はいけません』なんてありませーん」
「法律にはなくてもね、学院の規則にはあるのよ、ライオットちゃん」
「それに聞く価値のある授業は出ているし」
「そんなんだから教授たちに嫌われるのよ。だいたいそんなにお金稼いでどうするってのよ。外出許可ももらえないくせに」
言葉に詰まっていると、ガシっと腕を取られる。
「次の授業は出欠有り。もうギリギリまで休んでるでしょう。早く教室に行く!」
「あ、ちょっと、本落ちる……」
『お静かに』の図書館で、二人は注目を浴びている。だが誰ひとり注意するものがいないのは、慣れているのか、『騒動を起こす男』に関わりたくないのか。とにかく二人の過ぎ去った図書館には再び平安が訪れた。
引きずり込まれた教室で空いていたのは、廊下側の一番前の席であった。暖かい陽の注ぐ窓側は人気のものらしい。着席してすぐに教授が壇に上がる。ライオットと呼ばれる彼を見て、教授は軽く笑った。
「今日は彼がいるから、どんなに愉快な授業になるだろうね」
苛立ちが手に伝わり、持っていたペンをぼきりと折る。
教室内がどっと笑いに包まれる中、彼は異質な視線を感じた。その視線の元を辿ると、一人の男子学生が自分をじっと見つめていた。
愛がこもった視線というわけではなさそうだが、男にひたむきに見つめられるというのは気色が悪い。彼は気付かないふりをして、授業に没頭することにした。
何か特別なことが起きることもなく授業が終わると、真っ先にユアンと共に学生食堂へ向かうことにした。学生の数に対して席の少なすぎる学内の食堂は早めに向かわないと席が埋まってしまう。いくつかの団体が机を占拠していたが、幸いなことにまだまだ余裕はありそうだ。
並べられた見本から今日のランチを決めると、券を購入して大人しく提供台へ並ぶ。
「……あのさー」
「やっぱり気になってる?」
「だって、視線が痛すぎる」
何かと注目を浴びやすいと自認している彼が、ちらっと後ろを振り向いた。
たわいの無い事で談笑する学生。資料に夢中になりながらも昼食を口に運ぶ講師。短い休憩を楽しむ学院都市の職員。何気ない学院生活そのものが広がっている。ありきたりな光景。繰り返される毎日。それなのに、大きな違和感を覚える。のほほんとした日常を謳歌する者には感じることの出来ない空気を二人は感じ取っていた。
「あいつか……」
ライオットが人物に当たりを付けたところで、二人の注文したものが出来上がってきた。無言で昼食をトレイに乗せ、食堂の奥へと進む。入口付近でちらちら影を覗かせるものたちから目を離さない程度に遠ざかり、かつ勝手口から近い。無意識に選択したのは、通称が伊達では無い事を示している。だが、相手はそれを分かっているのか否か、ずかずかと二人の元へ近寄ってきた。
「ご一緒してもよろしいですか?」