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少女分離、或いはその交差路

  • C-28 (ライトノベル)
  • しょうじょぶんりあるいはそのこうさろ
  • ひより
  • 書籍|A5
  • 200円
  • http://7prayer.xxxxxxxx.jp/
  • 2014/5/5(月)発行
  • 生き別れになっていた一卵性双生児の少女たちが再会したとき、ふたりの間に生じたのは……?


    【冒頭立ち読み】

     歯ブラシの毛先が広がってしまっていたので、風子はドラックストアに向かうことにした。日はもう沈んでいた。

    (あー、面倒……)

     近ごろ学校帰りに鈴木の原付バイクに乗せてもらうようになってから、どうにも自転車で出かけることが億劫で仕方がない。自転車で、特に坂道をのぼってゆくことは、思いのほか体力を消耗することなのだ。

     風子の住むマンションは、新築のときに購入した十二階建ての建物だ。都心の新築、オートロックで駅まで徒歩五分、と好条件だが、一つだけ難点があった。駅まで確かに徒歩五分。しかしその道のりのほとんどが、急な坂道なのだ。

    (鈴木の原付ィ……)

     斜面の傾度なんて絶対にはかりたくない、急な上り坂。自転車をおして進みながら、風子は心の中でひたすら鈴木の原付のことを考え続けた。次第に本気で呼び出そうかとも思ったが、今どんな格好をしているのかを自問して思いとどまる。よれよれのトレーナーに穴のあいたジーンズ、つっかけてきた父のサンダル。これ以上ないお家スタイルである。こんな姿で鈴木に会うわけにはいくまい。

     そうこうしているうちにどうにか坂道をのぼり終え、やっと平坦な道に出た。自転車に跨り、秋の夜風を受けながらすいすい進む。

     すると途中、コンビニを通過しようとしたところで、なにやらざわめきが持ち上がった。見れば複数の人たちが遠巻きに、コンビニの入り口付近を眺めている。

     大声が聞こえた。脳みそをぱっくり二つに切り裂きそうな、ヒステリックな女の叫び声。合間に聞こえるのは男の怒号と、ぶちん、べちん、肉を叩く鈍い音。風子は驚いて、思わず自転車を止めた。

     それは痴話げんか、と呼べるほどかわいらしいものではなかった。座り込んだ女の髪を、男が乱暴に掴んでいる。黒い、長い髪だった。女は下品な単語で相手を罵倒しながら、自分の髪を掴んだ腕を引っかいている。対する男はそれに激怒して女の顔を殴ったり、足を蹴ったりした。とはいえ女もやられっぱなしではなかった。風子にはとうてい理解できないような、口汚い言葉で男を罵っている。

    (ひ、ひええ)

     風子がおののいたとき、コンビニから店員らしき太った男が出てきて、二人の仲裁に入った。

     ふいに。

     喧嘩をしていた女のほうと視線が交わる。

    「――――」

     つり目、というよりも猫目といったほうがしっくりくる。小さい鼻に小さい口。真っ直ぐに伸びた黒い髪。恐らくは年のころは十七、八。風子と同じくらいだろう。

     この顔、知ってる。それが第一印象だ。

     黒髪の女も、風子の姿を見るなり動きを止めた。まるで時間が止まったかのような一瞬の静寂が、二人の間に生じる。

     それを破ったのは、先ほどまで黒髪の女を殴っていた男の声だ。

    「おい、行くぞ」

     男は店員の説教にうんざりした様子だった。そいつに散々殴られていたにもかかわらず、女は彼に続いて歩き去っていく。

     周囲の野次馬たちが、ぞろぞろと解散していった。そんな人々の流れの中で、風子だけがただ一人ぽかんと立ち尽くしている。

    「あ……」

     黒髪の女の目鼻立ちを思い出す。もしも彼女の髪が風子と同じ茶髪のショートカットだったら?

    「あれえ?」

     彼女は風子と、まったく同じ顔をしていたのだ。


     五つのときに両親が離婚している。風子は父親のほうに引き取られた。そして八重は、母親のほうに引き取られていった。確か二人は、離婚後すぐに東京を離れ、京都に越していったはずだ。

     父はずっと悔やんでいた。素行の悪さが目立つ母に、八重を渡してしまったこと。よく親しい友人を招いては、酒を飲みながら八重はどうしているだろうかと何度も繰り返していたものである。

     風子の双子の妹、八重。

     コンビニの前で男に殴られていたあの少女――あれがまさか、八重なのでは。

     黒い長い髪。そつのない立ち振る舞い。すっと伸びた背中に、怜悧なまなざし。自分とはまったく異なった雰囲気の女。でも顔はそっくりだった。あの子は一体、なにものなのだろう。

     母のことも八重のことも、風子はほとんど覚えていなかった。

     ただ昔、幼稚園にあがる前のうんと幼いころ、誰もいない家の中で、自分以外の誰かと一緒に退屈を持て余していた記憶はある。

     母はあまり家にいない人だった。風子と八重はよく二人で留守番をしていて、暇だね、を合言葉に、次はなにをして遊ぶかを考えた。

    「暇だね」

    「暇だね」

     午後の光が差し込む畳の部屋。転がる指人形のおもちゃは、踏んずけるととても痛い。散らかっているとお母さんが怒るから、帰ってくる前に片付けないといけない。

     思い出すと、牛乳の匂いをさせた甘い味が口の中に広がった。コーヒーの味とは少し違う、粉っぽい味、これは、そう――ココアだ。

     ――それが風子の中に残る、数少ない八重との記憶だった。

     物心つく頃には風子の両親は離婚していて、母も双子の妹もそばにいないことが当たり前になっていた。

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