来月から中学生――卒業式を間近に控えた主人公・明智奈(あけちな)は、晴れ女。でも卒業式には雨をどうしても降らせたい……。青い春の一週間をあなたに!
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(月) 晴れるに、こしたことはない。
明智奈はそう思う。
運動会、修学旅行、クラブ活動に町の清掃ボランティア。屋内行事の文化祭とて、天候しだいで出足は鈍る。鈍ればバザーの売り上げが落ちる。落ちれば生徒会運営に支障が出る。少なくとも、思うがままには立ち行かない。
明智奈は今、今年度の収支計算書を眺めて、ニンマリしていた。
マラソン大会、授業参観に避難訓練。雨が降って都合がいいことなど何もない。そもそも万事、晴天を大前提に進むのだ。雨天など最悪である。日時の変更やら代替案の捻出やら保護者への対応やら、何から何までイレギュラーにカネと人員を奪ってしまい、結果、生徒会予算に累を及ぼしかねない災厄となる。
計算書の数字は、生徒会長であった明智奈の、いわば通知表である。
――ぬかりなし。
卒業式を金曜日に控え、卒業生に配布する記念品の費用を大幅に増やしてもなお、余裕をもって次期会長に引き継ぐことのできる数字である。
明智奈は計算書から目を上げた。
慣れ親しんだ生徒会室。
来月からは中学生。
「でも、いいんですか。そんなことして」
湯のみを置いてそう言うのは、次期会長のコバルトである。
「いいもなにも……あ!新しいティーバッグ、これ開けちゃったの?昨日の私の出がらしは?その辺に吊るしておいたのに。もったいない」
「出がらしがぶら下がった生徒会室なんて、もういやなんですよ僕は」
コバルトが手にする青磁のティーカップから、ダージリンの香りが漂う。その濃厚な色を見て顔をしかめた明智奈は、自分の湯のみに口をつけた。
もったいない。
「次の会長が今からこんな贅沢していいの?知らないよ、予算が足りなくなって学校と生徒から総スカン食らっても。内申点にも響くし」
「いいんです。僕は中学受験しませんし、先輩のように在宅特待生も狙ってませんから。歴代にわたる凡百の生徒会長と同じく、職務を全うできれば十分です。それに僕は明智奈会長のような〈奇跡〉は、とてもとても、起こせませんし」
奇跡。
「腹筋」と書かれた湯のみを置いて、明智奈はコバルトを軽くにらんだ。
「ヤなかんじ。あるものはフル活用するのが私の主義なの」
「よくわかってますよ。先輩の下について目の当たりにさせられたらね」
ティーバッグのことだけでなく。
コバルトは窓の外に見える青空をちらっと見た。
「……先輩が驚異の〈晴れ女〉だってこと」
(火) ポエム先生は再会した。
かつての想い人に。
赴任先の、この学校で。
「あ」
職人然とした、無口な用務教員のハイク先生こそがその人だった。
(水)「二人とも、結婚はしてないんでしょうか」
コバルトはテルテル坊主を作りながら、向かいに座った明智奈に問いかけた。明智奈はといえば、頼れる後輩の作ったテルテル坊主の頭に、黒い油性ペンで泣き顔を書き入れている。絵心に乏しいからなのか、道具や材料のせいなのか、やたらとにじんでしまった顔は、おどろおどろしいこと、この上ない。
(木)「話はつけた」
明日に控えた卒業式の全体演習のあと、生徒会役員が会場の準備を手伝っているときに、コバルトは明智奈にひと言、そう告げられた。そして下校したのち、大荷物で彼の家に現れた明智奈は、再び言った。
「話はつけた」
(金) 願いは、届かなかった。
とは、明智奈は思っていなかった。
「やっぱり、おまえは晴れ女だなあ」
明智奈の父がネクタイを締め、アパートの窓から空を見上げた。
(土)「ファフロツキーズ現象、起こる」
朝刊の第一面、四分の一ほどに、昨日の校庭の様子が写真つきで載っていた。校長先生と担任の先生のインタビューが記事の半分を占めている。
(日) 朝からの雨は久しぶりだった。
ザア、とアパートを包む音が、昨日とはまた別の静かさを与えている。明智奈は自室の窓から外を見下ろし、地面のくぼみにできた水たまりに、現れては消える波紋をしばらく眺めていた。午前中のうちにスーツをクリーニングに持っていこうか、悩んでいるうちに昼になり、明日でいいか、と思い至ったときには昼を過ぎていた。
コバルトの返信によれば、待ち合わせは二時。
居間でテレビを見ながら笑っている父に声をかけた。
「お父さん、私ちょっと出るから」
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こたつ読書の春支度に。
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