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【ハイファンタジー】インフィニティ第一章

  • 箱根-21 (ハイファンタジー)
  • いんふぃにてぃだいいっしょう
  • 凪野基
  • 書籍|A5
  • 146ページ
  • 500円
  • https://kakuyomu.jp/works/117…
  • 2017/1/22(日)発行

  • ――あんたの感情は、あんたのものだよ。

    男装女子と不憫男子の糖度低め冒険譚、第一章。

    男装の半精霊シャイネと記憶喪失の騎士(仮)ゼロ、不承不承ながら組んで依頼を受け、魔物狩りに向かった二人を待ち受けていたのは、事前情報とは異なる大量の魔物だった。
    シャイネが傷を負いつつも、召喚のわざと剣技の連携で窮地を切り抜けるものの、覆面の男たちが行く手を遮る。

    もつれ絡む過去の因縁に翻弄されつつも、差し伸べた手と手は触れ合って体温を同じにしてゆく。
    そんな中、シャイネは夢に落ち、過去の光景を視る。

    時々ふんわりしつつもシリアスめな剣と魔法と理屈のファンタジー長編。ラブはありません。
    【Keys】男装、記憶喪失、神話、騎士、多重世界、異種族、主従、男女バディ


    ◆主人公たちは「馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞばーか」とかレベル低い罵り合いをしていますので、ラブくはありません。(2回目)
    巻末には設定集へのQRコードもついています。設定集(webのみ)は随時更新予定。

    ◆「序章」と内容の重複はありません。「第一章」は序章読了が前提となっておりますので、別途お買い求めください。

    【EX2購入サイトへの直通リンク】→インフィニティ第一章

    【冒頭試し読み】

     臭い。
     もう何度目だかわからないため息がこぼれた。次の呼吸で右腕を振り抜いて、刺突剣ディーに絡まったまま絶命していた小型の魔物を、横手から接近してきた別の魔物に打ち付ける。手首を捻って剣を抜き、一歩踏み込んで魔物の胸元に突き入れた。
     臭い。
     声に乗らない呟きは疲労とともに重く凝る。獣型の魔物の首元から噴き出す毒の血を避けて左に位置取りを変え、剣を戻した。
     目の端で様子を窺えば、ゼロもまた顔をしかめて気だるげに精霊封じの剣を振るっていた。表情とは裏腹に、剣筋は見事の一言で、少しもぶれない。風が宿る剣の軌跡が凛と輝いて、目を奪われる。

    『余所見してる場合かよ』

      ディーに指摘されて、ずんぐりした蛇様の魔物に気づいた。ゼロの死角から這い寄るそれはシャイネの位置からは遠い。咄嗟に叫んだ。

     『お願い!』

      左手を強く握る。隆起した地面が魔物を呑み込んで、ぐにゃぐにゃと蠢く――まるで咀嚼するかのように。元通り平らになったのを確認して、左手を解いた。
     ありがとう、と大地の精霊を還すと、どういたしましてと囁きが返ってきた。大地はおおむね、礼儀正しい。  ゼロが虫型の魔物を斬り伏せると、周囲はようやく静かになった。ディーも落ち着いているし、もう大丈夫だろうと警戒を緩めたのはふたり同時だった。

    「……これさあ、話違うんじゃねって思うんだけど」
    「そうだね」

      端切れで剣を拭い清める。魔物の血肉が絡んだ刃物は殺傷力が鈍るだけでなく、鋼鉄そのものをも蝕む。触れればひどい炎症を起こすから、狩人たちは長袖や手袋、長靴で身を守りつつ魔物に挑む。
     ぐしゃり、と湿った音に顔を上げると、魔物の死骸が崩れて黒い血溜まりに没していた。

    「不思議だよね。全部ああして溶けちゃうんだもの」

      どれほど硬い骨も、刃を滑らせる毛皮も、ヒトや家畜を切り裂き喰い荒らす牙も爪も何もかも、絶命とともに黒い血に還り、やがて消滅する。その理由は誰も知らない。女神教はひとえに、女神のことわりに反する存在であるからと繰り返すばかりで、ならばそういうものかと納得せざるを得ない。
      魔物の死骸が消え去っても、負った傷が癒えるわけではなく、死者が蘇ることもない。血を浴びた布地は傷み、金属は腐食する。
     一方で、魔物の血を吸った大地はやがてその豊かな生命力を取り戻し、作物を育てる。つくづく、不思議だと思う。

     「南の方じゃ、お偉い学者の先生が魔物の生態を研究してるってさ」

      剣を収めたゼロが、死骸や血溜まりを避けて腰を下ろした。三歩分の間をおいて、シャイネも座る。水筒を傾けて喉を潤し、干し杏をかじった。
     空気が淀んで、魔物の血の匂いが籠もっている。目の前には、ぐずぐずと崩れ落ちる黒い死骸と広がる黒い血。たまらなく臭い。いつまで経っても慣れない。

     『ちょっとだけ、空気を入れ替えたいんだけど』

      ゼロの剣に宿る風に頼むと、彼女は小さく頷いて周囲を廻った。否応なしにリアラのことが思い出され、喉の奥がしくりと痛む。
     風の王の娘、リアラがゆったりした衣服をなびかせて舞うと、風が、水が、光が喜んで応じた。生命を賭けた戦いの場にそぐわぬ優美な光景に、共闘していた女神教の青服たちが目と口を丸く開いて見入っていたものだ。  北の地での経験が何もかもすべて、遠い記憶に思えた。リンドの英雄キムが魔物狩りにシャイネを伴うようになってから、つまりシャイネが実戦を経験してからまだ三年しか経っていないのに。経験の浅さを思い知って、遠い記憶から現実に引き戻されるのが常だった。
     頬を撫でる風が止まると、臭いはずいぶんましになっていた。

     「あんた、すごいんだな」
     「何が」
     「精霊」

     ああ、と頷いて、しかしどう言葉を継いでよいかわからずに沈黙する。
     逃げるようにリンドを飛び出して約半年。他の旅人や狩人と組むことも稀にあったが、半精霊であることは隠していたし、隠していられる依頼しか受けなかった。生まれ故郷のノールを出てきて以来、精霊を使役するところを見せるのは、同じく半精霊のリアラを除けば彼が初めてだ。

    「声が変わるんだな。どうやって出すんだ、その声」

      一息ついて気が緩んだか、それともシャイネと親交を温めようというのか、ゼロはいやに饒舌だった。あるいは単に、精霊好きの血が騒いだか。

    「どうやってっていうか……何となく出るようになったっていうか……説明できない」
    「半精霊はみんなそうやって、違う声が出るのか?」

     ゼロの質問は止まらない。疲れもあって、だんだん面倒になってきた。

    「たぶん出ない。僕は声で精霊を召(よ)ぶんだ。精霊はこっちではうまく力を使えないから、僕らが『場』を創ってお招きするんだけど、『場』を創るやり方は半精霊によって違うみたいで」

     リアラは舞っていた。綺麗、と褒めると「キムとフェニクスが大変な時に踊ってなきゃならないわたしの気持ちをわかって」と切実な訴えが返ってきた。その時のリアラのむずむずした表情が何ともおかしかったのを思い出して、つい笑いそうになるのをこらえる。

    「ああ、ヴァルツもそんなことを言ってたな。こっちとかあっちとか」
    「他にどう言えばいいのかわかんないもの」

     ふーん、と素っ気なく吐息を漏らしたゼロが、木の実や干し果物を混ぜ込んで焼き固めた携帯食の端を分けてくれた。端っこが美味しいのに、わかってないなと思う。

     「弦楽器の音みたいで、綺麗だったよ。あんたの声」

     不意を突く言葉に、咄嗟に返事ができなかった。


    (続きは同人誌版でどうぞ/カクヨムにて全文公開中)

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