魔族は『破壊』を司る者。それを支配する者であって、それに溺れる者ではない
『要の三界』の一つ『魔界』が創造神から他世界を支える役割として与えられたのは、修復不可能となった世界の『破壊』。しかし、身のうちに強い『破壊』の力を持つ魔族は、本能に突き動かされ、欲望の赴くまま、まだ魔王の『破壊認定』が降りてない世界を破壊しようとする。魔王軍特別部隊破壊活動防止班。彼等はそんな落伍者を捕獲し、他世界を守る、魔族の兵士達である。
破防班、ハーモン班の捜査官の少年兵士、シオン・ウォルトンが、友人の冥界の死神、法稔と共に、津々浦々の心霊トラブルを解決するweb小説の紹介本です。
試し読み
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ひらり……ひらり……ひらり……。
朝、まだしっとりと朝露に濡れた公園の桜が、露の重みで音もなく舞い散る。水気を含んだ花びらが、佇んでいた少女の黒い髪にひとひら落ちた。
白い丸襟にくるみボタン。タックをとった濃紺のシンプルなワンピース。脇の髪を頭頂で纏め白いリボンを着けた、古風な出で立ちの少女は髪についた花びらを取ると、ふっと息を吹きかけて飛ばした。朝の風がそれをくるみ込み、くるくると回しながら、ゆっくりと芝生の上に運ぶ。小さく笑む。今が盛りと咲き誇る満開の桜を、そのまま少女にしたような、ふっくらとした頬の愛らしい少女の視線が、もう一度、桜のたわわに咲いた枝を見上げたとき
「あっ、ここにいたんだ」
少年の明るい声が白い朝日の中に響いた。
少女がぎくりと顔をこわばらす。恐る恐る後ろを振り返る。そこには、大きな瞳にサラサラとした茶髪の小柄な少年が立っていた。
恐れていた彼とは似ても似つかない美少年に、彼女がほっと安堵の息をつく。少年は少女に歩み寄った。
「ボクの名前はシオン。君は静香ちゃんだね」
「……はい」
突然、名乗り、自分の名前を言い当てた少年に少女が戸惑いながらも答える。
「良かった。無事見つかった」
少年はパーカーのポケットから、スマホを出すと電話を掛けた。
「もしもし……あっ、ポン太?」
コールの後、相手が出たらしく、静かな朝の空気の中に少年の賑やかな声が流れる。
「ポン太じゃないって? い~じゃん、ポン太で。静香ちゃん、見つかったよ。うん、……良いの? へ~、規律に厳しい冥界が珍しい。えっ、そっちほどじゃないって? うちはさ、班長が特に厳しいってだけだよ。うん、うん、解った。今日一日だね。うん、じゃあ、そっちから班長に話しておいてくれる? はい、了解しました」
最後の『了解しました』を楽しげに弾んだ声で言うと、少年が通話を切る。彼はスマホをしまい、くるりと静香の方に向いた。
「ポン太が、ボクに今日一日、静ちゃんの相手をしてくれって」
馴れ馴れしく少女を『静ちゃん』と呼んで、少年はにっこりと笑った。
「私の相手?」
「うん」
少年が頷く。
「ポン太がボクが付き添うなら、今日一日は静ちゃんの思うように過ごして良いって言ってる。どうする?」
その言葉に静香の頭に数日前に出会った、とある少年の姿が浮かぶ。
「あの子がポン太……くん?」
あの少年は『法稔』と名乗っていたはず。疑問符を顔に浮かべる静香に
「ポン太ってのは、ボクが勝手に付けたあだ名。そう呼ぶといつも『法稔だ!』って怒るんだけどね」
少年がおかしげに肩を揺らしながら答える。
ふっくらとした体躯に、人の良さそうな丸顔の彼の姿を思い描き、余りにそのあだ名が似合うので、静香は思わず吹き出した。
「貴方はあの子の……」
「友達。仕事は全然違うけど協力関係にあって、時々、あいつの仕事を手伝うこともあるんだ。で、どうする?」
少年の再度の問い掛けに静香は「一日お願いします」即答して頭を下げた。首を傾げ、さらりと背中まである黒髪をなびかせて、嬉しそうに笑む。
「了解。じゃあ、何がしたい?」
「……こうして桜が見たいです」
ずっと長い間、自分の足で立って好きなだけ桜が見られなかったから、今日は思いっきり桜が見たい。静香の嘆きを朝風がそっと天空に運んでいく。
「つまり、一日桜が見たいってことか」
シオンが呟く。ポケットから軽い着信音が鳴る。「ポン太からメッセージだ」呟いてメッセージアプリを開く。その内容を読んで、タップして連係アプリで市内の地図を開くと、彼の腹がぐうとなった。
「……そういえば朝ご飯、まだだったんだ」
腹を押さえて、桜を見上げている静香の手を引く。
「なんですか?」
「近くにカフェがあるんだ。そこで桜を見ながらご飯にしよう!!」
「カフェ……」
静香の顔がぱぁっと輝いた。
「そういうハイカラなところ行ってみたかったんです!」
言ってしまって、今の自分の姿に気付き、しまったっと口を押さえる。
「でしょ!」
シオンが楽しげに笑んだ。
「あっ、それとこれポン太から預かっていたんだ」
筆で小さな文字が書かれた白い短冊に、紐を通したものをシオンが出す。
「これは?」
「お玉さんお手製の霊符だって」
シオンはそれを静香の首に掛けた。静香が紐ごと服の中に入れる。
「じゃあ、行こう!」
シオンが静香の手を引いて歩く。
朝の桜の下を少年と少女の足音が駆け抜けて行った。
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