「無理な相談か、グライー」
「あなたには縫い目も針目もない麻のシャツは作れませんから」
「そうか…」
「ご無礼」
評議委員長は総裁を抱きしめた。
「あの時は…あなたは私の真実の愛でした」
パリの牢獄の中で。息絶えるその瞬間まで…そう信じていた。
「グライー、おまえ…」
「でも、ここでは違います。あなたは私のために死んではならないのです」
「それはトマスもそう言ってた…」
「でしょうな。あなたという光に包まれて私達は幸せでした」
「私は…そんなに大した人間ではない。今でも迷うし、決めかねるし、強くありたいと願うが、それも…」
「殿下」
「あの子が言ってた、人間は誰もが醜悪だと」
「あの子、とは」
「リース教授の亡くなった子息の」
「朱鷺子が言ってましたな、誰の心にも棲む阿修羅、と」
「魔物は住んでいる、今もずっと、心の中に」
「殿下」
「ソレが人間。私は聖人でも神でもない。俗物だから…」
「揺れることもある、と」
「そうだ。グライー、父上が私の行いを見て私を見捨てたのなら」
「なりません、殿下」
「どうして」
「私に引きずられてそうおっしゃるのは間違いです。私達は仕事をするだけです。犠牲になるつもりは毛頭ありません」
そっと総裁を評議委員長は引き剥がした。最後の別れた時よりも彼は年老いた顔をしていた。この世界で長く生きた証だった。そして、彼は知らない顔をしていた。
「おやすみなさい、殿下」
そっとキスをする、頬に。
「待て」
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