こちらのアイテムは2019/3/21(木)開催・第8回 Text-Revolutionsにて入手できます。
くわしくは第8回 Text-Revolutions公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

sync 3—Buzzer Beater—

  • A-31 (現代)
  • しんく3ぶざーびーたー
  • 深山瀬怜
  • 書籍|A5
  • 96ページ
  • 700円
  • 2018/03/21(水)発行
  • 歌うたびに蒼を襲う熱と、蔓の幻。 それは歌えば歌うほど鮮明になっていく。

    日常さえも侵された蒼はとうとう歌をやめることを決意する。

    地元に帰ってきた蒼を待ち構えていたのは、先延ばしにしていた現実と、歌に生きる同級生だった。
    そんななか柑奈は上埜ありさのソロデビュー曲を作る。
    その曲を聴いた蒼は、あることを思う。

    類稀なる声を持つ蒼と、その声に執着する柑奈。 二人の奏でる音の全てを描いた《syncシリーズ第3弾》。

    【キーワード】
    トケイソウ・ロック・百合・幻覚・もう一人の自分・同一CP要素あり

    【試し読み(抜粋)】
     オープニングのSEが柑奈の合図で止められる。一曲目は東京公演から変わらず『clover』。私はアオイが出てこないように願いながらマイクスタンドを握りしめた。けれど気配でわかる。奪われた心臓に蔓が絡み付いている。その感覚が全身に波及して、私の体は透明な蔓で覆われていた。  邪魔しないで。ここは――ここだけは私の場所だ。  私たちを見上げる観客の顔が見えた。バーに寄りかかるようにして、拳を振り上げている。奥にはビールを片手に仁王立ちの男。この場所にいる誰も、私の身に起きていることを知らない。急に孤立無援の戦場に立たされているような気がした。それならそれでいい。ただ、勝つことができればいいのだ。目の前のことだけを見つめると、少しは冷静になれた。  アオイも私の中で声を上げる。けれど体の主導権はまだこちらにある。スピーカーを通して響いている声は私のものだ。男に捨てられ復讐を誓う女の歌。その意味する本当のところはまだ掴み切れていない。でも私にも歌うことはできる。響いてくる音に、私の音を支えるドラムとベースに、キーボードの踊る音色に、自分の作った曲に命を吹き込む柑奈のギターに乗っかっていけばいい。私の武器は、何よりもこの声だ。  ライブは順調に進んでいった。柑奈の判断でセットリストを変えたことも功を奏した。序盤にあまり体力を使い過ぎない構成。私が疲れれば疲れるほどアオイにつけ込む隙を与えてしまうから、私としては好都合だった。最も気をつけなければならないのは終盤。それまではただ表に出ようと悪あがきをしているだけだ。全身を蔓で締め付けられるのは不快だけれど、まだ耐えられる。このまま今日のライブが終わればいい。私は緩衝材の気泡を一つ一つ潰すように、歌をこなしていった。  簡単なMCをして、とうとう『リナリア』の番になった。ここから本編の最後までは畳み掛けるように曲が続く。そこで息切れしてしまえば、アオイを押さえておくことができなくなるのだ。けれど今日は声の調子もいい。このままいけば大丈夫だと言い聞かせて、私は息を吸い込んだ。  けれど、アオイも甘くはなかった。私のものではない明るい声が響き渡る。『リナリア』のように一見明るい曲は得意ではないと思っていたが、それは私の希望的観測でしかなかった。甘く明るい声。恋の始まりの浮かれた気分と、暴走気味の想いを楽しそうに歌っている。  どうして、と私は主導権を取り戻そうとしながら呼びかける。  私は恋なんて知らない。それはアオイも同じではないのか。恋を知らないはずの彼女がどうしてこの曲を歌えるのか。そう問うと、透明な蔓が私の心臓を更にきつく締め付けた。奪われていく。誰もが私を見ているのに、私は見えないところでアオイに塗り潰されている。助けてほしいと叫んだら気付いてくれるのだろうか。アオイを抑えてくれる誰かが見つかるだろうか。でも――私よりも、アオイの方が求められたとしたら。  私が持っていないものを、どうしてアオイが持っているのだろうか。私の心臓のように彼女が奪ってしまったのだろうか。それとも欠陥品は私なのか。  アオイは恋を知っている。しかも『リナリア』の歌詞のように、気持ちが行きすぎて歪んでしまった恋を。私は知らないのに、何故。  曲が終わり、そのまま『あなたの仕組み』に繋がっていく。私が提案した歌を軽く凌駕する音が喉から迸っていった。暴走していた淡い恋心が偏執的な愛に変わっていく。あなたの仕組みを知りたい。メスで解剖して、ひとつひとつ暴いていきたい――なんて、私にはわからない感情だ。  どうして。どうしてあなたはそれを理解しているの?  応えはない。アオイは歌うことにただ夢中になっているようだった。私を拘束する力も少しだが弱まっている。ああ、彼女は今「楽しい」のだ。私を苦しめているときの惛い愉悦とはまた違う感情が、透明な蔓を通して伝わってくる。  歌うことは嫌いではなかった。柑奈の曲は、私を取り囲む繭を突き破って唯一入り込んでくる「好き」だった。けれどその熱量は、アオイには逆立ちしても敵わない。アオイは、イヤモニを通して聞こえてくるバンドの音の海の中を、自由な魚のように泳ぎ回る。私はこんな風には歌えない。たとえこの蔓がなくなっても、私は上手く泳げない。  だからといって諦められない。負けを認めれば、私は何もかもを失ってしまうから。  腕に絡みつく蔓に指が触れる。アオイが油断した隙に、私はそれを引きちぎった。求められているのがアオイの歌だとしても、全てを奪われるわけにはいかない。アオイが何もかもを握った、その先に待つ不幸を知っているのは、それを不幸だと思っているのは、私と――おそらく理紗だけだ。理紗は逃げてもいいと言った。でも逃げてしまった瞬間に失うものもある。柑奈の曲を歌いたい。そのためにはアオイを水際で食い止めるしかないのだ。  私は目を閉じて、マイクを握り締めた。大サビの前の繋ぎの部分。ここで静かに緊張感を高めて、それをサビで爆発させる。細かな技術は私の方がアオイより上だ。アオイの歌は獣じみている。技巧をかなぐり捨てたような歌は魅力的ではあるが、安定性に欠けているのだ。  大サビに入る直前、私は目を開く。溜め込んでいた力をここで解き放つのだ。息を吸い込んで、その勢いのまま歌い出そうとして、しかし、それができなかった。  どうして、と思った瞬間に、私に絡みついていた蔓が黒く染まる。僅かな隙を突かれたのではない。おそらくこれはアオイの意思ではない。それは溢れ出した音と、私の視界に映るものを見れば明らかだった。  どうして。どうして。こんなところに。  ライブハウスの一番後ろ、人がひしめいている前方と違って少し余裕があるスペースに、ここにいるはずのない二人がいた。二人の視線は私に注がれている。まるで見定めるような鋭さ。私を見つめる両親を前に、私の体は硬直し、アオイが伸ばす蔓は暴走して黒く染まり、会場全体を呑み込んだ。  駄目だ。このままでは、ライブ自体が崩壊しかねない。  アオイには、それがどういうことかわかっているのだろうか。この舞台には一人で立っているわけではない。文化祭のライブや、ダリアフェスのときのように喘息の発作が出てしまうようなことがあれば、この場所にいるあらゆる人に影響が出る。それに――そんなことが起きてしまえば、私はもうここにはいられない。きっと連れ戻されてしまうだろう。  だから、止まって。  黒く染まって広がり続ける蔓が、私の全身を締め付けている。このまま絞め殺されてしまいそうなくらい強い力。腕に爪を立て、呑み込まれないように気を張った。  不意に、目が醒めるようなギターソロが響く。柑奈の音。太くしなやかで、強靱な音が糸のように壊れかけた旋律を縫い止める。右斜め後ろを見ると、柑奈がいつもと変わらない顔で、黒いギターの上で指を踊らせていた。一瞬目が合う。柑奈の言いたいことは表情を読むまでもなくわかっていた。  柑奈が作り出す音の城。手綱は柑奈の手に握られている。黒い蔓は枯れて、崩壊は阻止された。けれど体の奥で熱が蛇のように暴れ回っている。熱い。内臓が熱で溶けて、体の外に流れ出していくような感覚。持ちきれない熱を蔓が変に抑えてしまっているせいで、逃げ場がなくなっていく。柑奈の奏でる音を綱渡りのようにして進んでいくしかない。落ちたらどうなるのか。そんなことすら考える余裕はなかった。  どうにか『あなたの仕組み』が終わる。けれどセットリストにはまだ続きがある。マイクに縋りながら吐き出した息は、漏れ出した黒い熱を孕んでいた。

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