こちらのアイテムは2019/3/21(木)開催・第8回 Text-Revolutionsにて入手できます。
くわしくは第8回 Text-Revolutions公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

sync 2—Guinea Pig—

  • A-31 (現代)
  • しんく2ぎにーぴっぐ
  • 通し稽古—Generalprobe—
  • 書籍|A5
  • 120ページ
  • 700円
  • 2018/09/09(日)発行
  • 空っぽな私に、彼女は歌をくれた。 けれどそれは――獣を目覚めさせてしまった。
       
    文化祭ライブから3年が過ぎ、大学生となった蒼は就活に身が入らず悩んでいた。
    空っぽな自分に、やりたいことなどあるはずがない。

    そんな蒼は、偶然にも駅前で歌っていた柑奈と再会する。 柑奈は蒼に、一緒にプロを目指さないかと声をかける。
    やりたいことが何もなかった蒼は、せめて柑奈の夢を叶える手伝いができたらと、音楽の道を選ぶ。
    しかし、それは蒼の中に眠る《獣》を目覚めさせる行為に他ならなかった。

    歌うたびに蒼を襲う熱と、蔓の幻。
    それは歌えば歌うほど鮮明になっていき、日常を侵していく。

    類稀なる声を持つ蒼と、その声に執着する柑奈。 二人の奏でる音の全てを描いた《syncシリーズ第2弾》。

    【キーワード】
    トケイソウ・ロック・百合・幻覚・もう一人の自分・同一CP要素あり

    【試し読み(抜粋)】
     不意に、体が動かないことに気が付いた。四肢に緑色の蔓が巻き付いて、私の動きを封じている。歌っているときに時々現れるものと同じだ。更に目の前には灰色の巨大な壁がある。自由になる首を動かしてみても壁の頂上は見えず、地平線のようにどこまでも長く伸びていた。
     壁の向こうから、奇妙な音が聞こえてきた。水が流れているような、けれどそれにしては音が歪んで反響している。体の自由を奪われている私は目の前の壁を見ることしか出来なかった。壁をいくら見つめてもその先に何があるのかはわからないのに。  目の前を睨み続けていると、灰色の壁に黒い筋が浮かび上がった。毛細血管のような形だ。同時に水が流れているような音が強くなる。黒い筋は徐々に灰色の部分を侵蝕し、音は強くなる一方だ。  厭な予感がした。何かが近付いてくる。壁の向こうにそれはいる。何かはわからないけれど私にとって良くないものだということはわかった。蛞蝓のように黒く粘りけのある液体を纏いながら、それは壁に向かっている。壁の向こうは何も見えないはずなのに、黒く染まった二本の足の動きだけは額の上あたりに見えていた。  喉が貼り付いていて、声を出すことは出来なかった。そうしているうちに壁の向こうにいるものは私との距離を詰めていく。これ以上こちらに近付けさせてはいけない。ましてや壁を越えさせてはいけない。しかし強く引っ張ってみたところで蔓は千切れなかった。それどころか刻一刻と私を拘束する力を強めている。  直感的に私は理解した。この蔓は、壁の向こう側にいるものに由来するものだ。壁の向こうにいるものは私をどうするつもりなのだろうか。きっと殺そうとしているのだ。  突然、煩いほど響いていた水の音が止んだ。私の方に向かっていた気配もピタリと動きを止める。私は目を閉じて、壁の向こうのものがこれ以上近付いてこないことを願った。  けれど、私の願いは次の瞬間にあっけなく打ち砕かれた。硬いものが地面に落ちたような連続した音に目を開けると、壁の一部がそこだけ風化したかのように崩れていた。風穴が空いた壁の向こうには赤とも青ともつかない色の空が広がっているのが見えた。穴から吹いてくる風は冷たくて、それに撫でられた部分が総毛立つのを私は感じた。 「……来ないで」  壁の向こうのものに言う。それは蚊の鳴くような私の声を聞いて、にたりと笑ったような気がした。  突如、壁の穴から一対の黒い手が伸びてきた。それは壁と私の距離など無視して、動けない私のところにまで到達する。手は愛しいものに触れるような手つきで私の頬を撫でた。触れられたところから濡れた黒い蛇がずるりと私の中に入り込んでくる。私は頭を(かぶり)振り、その手に抵抗した。  それに侵されてはならない。完全に侵蝕された、そのときは―。
     一瞬、何が起きたかわからなかった。目の前には壊れた壁ではなく見知った天井と、朝日が差し込んでいるのに煌々と部屋を照らし続けている蛍光灯だけがあった。手だけが熱くて、汗をかいた体はすっかり冷えてしまっている。枕元の時計に目をやると、まだ朝の七時だった。  今日は休みだ、と布団に潜り込んでもう一度目を閉じようとする。けれど足元から何かが這い上ってくるような気がして私は跳ね起きた。 「……っ、冗談じゃない」  日常生活まであの蔓に侵蝕されてはかなわない。歌っているときですら苦痛なのに。まだ触れられた感覚が残る頬。私は起き上がって浴室に駆け込んだ。洗い流そう。蛇口をひねると降り注ぐ暖かい雨に身を浸して、私は悪い夢を振り払う。けれど不安だけは排水口に絡まる髪の毛のよう残ってしまった。今はまだいい。けれどあの手が、現実で歌っているときも見えてしまったら、私は―。  そもそもあれは何なのだろう。歌っていると必ず全員に見えるもの、ではあり得ないだろう。それに近しいものを見たことがある人ならいるかもしれないけれど、誰かに聞く気にもならない。もしこれが私にだけ起こる現象だとしたら、聞いた瞬間に頭がおかしいと思われて終わりだ。  仮に、柑奈に言ったら―どんな顔をするだろう。あの蔓は高校生の頃から見えていて、文化祭での本番のときは柑奈もそれに囚われているように見えたのだ、と。さすがに病院を紹介されるかもしれない。けれど私は私がおかしくなってしまった理由に見当がつかない。基本的には柑奈の曲を歌うことで見えるのはわかる。けれど歌が原因だとしたら、歌手としてやっていけないとしたら、私はもうどこにも行けない。あるいは柑奈なら、このことも「そんな問題」で片付けてくれるだろうか。柑奈が求めているのは私の声。そこだけは明確でわかりやすい。だから私は柑奈になら安心して自分を任せられるのだ。  こんなことで、柑奈に私を諦めて欲しくなかった。親にすら歯向かって選んだ道だ。進む道が茨だとしても、後ろは崖なのだ、引き返せるわけもない。だからあの蔓と茨の正体が何であれ、せめて水際で止まっていてほしい。  シャワーのお湯を止めて、曇った鏡を見る。そこには私と、私の体に這わされた一対の黒い腕が映っていた。  満橋は見た目から入るのも大事だと言っていた。早く起きてしまったのだから、美容院にでも行こう。もう戻れはしないのだと、私にも、この正体不明の存在にも知らしめなければならない。

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