「砂の棺」完結後の「誰か」が思い描いた、 叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町ミューレンでのカルザスとレニーの日常。 そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。
「ずっと一緒にいよう」
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「いらっしゃいませ」
カルザスが応対すると、少女は手提げバックから何かを取り出した。
「あ、あのっ……今日はお客さんじゃなくて……」
少女は榛色の少し癖のある髪を、赤いリボンでまとめている。の薄紅色のワンピースがよく似合っていた。
「よ、読んでくださるだけでいいので受け取ってください」
少女が真っ赤になり、早口でそれだけ言うと、カルザスに白い封筒を手渡してきた。カルザスは、はぁと定形の言葉を返しながら受け取る。
少女はカルザスが封筒を手にしているのを確認すると、大きく頭を下げて店を飛び出していった。
つっと、レニーがカルザスに歩み寄り、肘で脇腹をつつく。その表情はニヤニヤと、嫌味のような皮肉のようなな笑みを浮かべていた。
「やったじゃん、カルザスさん」
「はぁ……ええと、クレームでしょうか」
「……それ、本気で言ってる?」
レニーが腰に手を当て、カルザスの顔を覗き込むと、カルザスは素直にコクリと頷いた。
「あのさ、おれ、こないだ言ったよね? カルザスさんに気があるっぽい女の子のこと。それが今の子。で、カルザスさんが受け取ったのは、十中八九、恋文だよ」
「ええっ! ぼ、僕にですかっ?」
カルザスが素っ頓狂な声をあげて慌てふためく。
「レニーさん! ちょっとすみません。これ、お返ししてきますので、しばらくお願いします!」
「ちょっと待った!」
店を飛び出そうとするカルザスを、レニーは慌てて引き止めた。
「ちょっとそれは残酷じゃねぇの?」
「どうしてですか? 僕にその気がないのに安易に受け取ってしまう方が酷いじゃないですか」
「うわ……マジで言ってる? それも一理あるけどさ。でも渡されたその場で突き返す方が惨いって」
カルザスはほとほと困り果てて、手の中の封書を見下ろした。
「あの子にとっては、それが精一杯のアピールな訳だし、とりあえず中身読むだけでも読んでやれば? で、別にきちんと返事すりゃいいと思うけどね」
「困ります。こういうものをいただいた経験がないので、どうすればいいのか分かりません」
レニーはクシャリと髪を掻き上げ、小さく唸って彼の手の中の手紙を見つめる。
「んー、カルザスさんとしてはどう思う?」
「何がですか?」
「今の子、結構可愛かったじゃん? おれとしては、カルザスさんがちゃんと女の子と付き合うことに反対はしないよ。むしろ応援したいね」
「さっきも言ったじゃないですか。僕にその気はありませんって。僕はレニーさんと一緒にいます」
「いや、それは嬉しいんだけどね。カルザスさんのそういう気持ちは嬉しいし、ありがたいし、おれもそれを望んではいるけど、でもやっぱりずっとそれじゃダメだと思うんだよね。少しでも気になる女の子がいるんなら、何よりおれ優先ってのじゃなく、その子のことも、もう少し考えなきゃダメだと思うよ」
レニーはそう言い、そして胸に手を置いた。
「おれとカルザスさんって、前世がどうとか、過去がどうとか、まぁ外におおっぴらに言えない問題も抱えてる訳だけど、でもカルザスさんだっていっぱしの男だし、歳相応の考え方してもいいんじゃないかな」
カルザスは少し拗ねたように唇を尖らせる。
「僕は何度も言うように、レニーさんから離れる気はありません」
「だから、それは分かってる。おれだって、カルザスさんから離れられないって自覚してるから。でもね、おれの意見じゃなく、一般的な“弟”の意見として聞いてもらいたいんだけど、兄貴として人間として、普通の男の幸せ見つけるのも大事じゃないかなって思うんだ。どうなのさ?」」
カルザスはレニーをじっと見据える。
「……分かりません」
「じゃあ率直に聞くけど、さっきの子、カルザスさんとしてはどう見えた?」
真っ赤になって、手紙を渡してきた少女。その姿を思い起こし、カルザスは口元に手を当てる。そして手紙に書かれた名前を心の中で読み上げる。
──ホリィアン・アイル──
「純粋そうで、とてもいい子に見えました」
「可愛いとか可愛くないとか、好きなタイプとか嫌いなタイプとか、そういう基準では?」
「ええと……可愛い、とは思いましたけど、彼女に対して恋愛感情を抱くかと言われると、まだ少し難しいかと思います。だってまだあのお嬢さんとは、まともに会話をしたことすらありませんし」
「最初は、相手を好きになれるかなれないかなんて、誰にも分からない訳だしさ、可愛いって思ったんなら、とりあえずお試しで付き合ってみればいいんじゃないかな?」
「そんな! とりあえずとか、お試しとか、相手のかたに失礼じゃないですか!」
「ああ、言葉は悪いけどね。でも誰だって、こんな会い方した相手と付き合いはじめるのって、とりあえずなんじゃないかな」
レニーの紫色の瞳が、年下の者を包み込むような色に見える。実際そうなのだ。レニーには恋愛経験があり、このような問題の良き相談相手として、充分な知識や経験を持ち得ている。
「嫌々付き合うならすっぱり断るのもありだろうけど、でもカルザスさんがあの子に多少でも好意を感じてるなら、お試し期間設けて友達からでも付き合うべきだと思うよ」
「……それだと、レニーさんが嫌になりませんか?」
「なんで?」
カルザスはカウンターの裏に立てかけてある長剣を手にし、チキ、と、僅かに鞘から抜いて見せる。
ウラウローを出てから手にする機会は格段に減ったが、手入れは欠かしていない。いつでも実戦に使える逸品であり、長年の相棒だ。
「だって僕はレニーさんの護衛を勤めている訳ですし、もし仮に僕が彼女と正式にお付き合いするなんてことになったら、レニーさんの傍を離れる事態もあり得るということになりませんか?」
「だからおれは、カルザスさんがちゃんと女の子と付き合うようになったら応援するって言ってんじゃん」
レニーはおかしそうに笑った。
「でもそう考えるってことは、カルザスさんもさっきの子、まんざらじゃないってことだ?」
「え? はぁ……そう、なのでしょうか」
「そうだって!」
レニーがカルザスの背をどんと叩く。
「よし、じゃあマジにお試し期間設けて、実際に付き合ってみなよ? おれがフォローできる所は、フォローすっからさ」
「……ううん……分かりました……仰るとおり、とりあえず、からですが……」
レニーに背中を押されるがまま、カルザスは複雑な心境で頷いた。