――闇はヒトを従える。夢を渡る。ヒトの心に入り込むものさ。世界中を旅しつつ魔物を狩る「狩人」に憧れるシャイネは北の町の宿屋で下働きをしながら、経験を積んでいる。 かつて「天雷」という二つ名で呼ばれた凄腕の狩人でもある父スイレンと、闇と影を束ねる精霊の王、母ヴィオラのあいだに半精霊として生まれた彼女は、恋人のキムの提案で男装することに。
女であること、半精霊であること。二つの本質を装い偽って、しかし「何者でもない」ことは一種気楽でもあった。
一方、南の名もなき森で目を覚ました男は過去に関するすべての記憶を失い、ゼロと名乗る。 面倒をみてくれた森の王・ヴァルツとともに、身元と過去を探す旅に出る。手がかりは一振りの剣、精霊封じという珍しい技法で鍛えられた騎士の剣のみ。
シャイネとゼロはそれぞれの理由と秘密を抱え、港を有する大都市・カヴェで出会う。
◆世界観や登場人物、今後の伏線のようなものもチラ見せした
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【冒頭試し読み】 雪のちらつく日が増えた。冬の足音がすぐそこにまで迫っている。
自治領エージェルの冬は長い。雪が道を塞ぎ、寒さが集中力を奪う。氷混じりの風は外套を凍らせ、日中の泥濘は体力を削り取る。旅人たちには厳しい季節だ。
人々が家に籠もりがちになるから、仕事が減る。稼ぎも減る。食わねば飢える。雪国において、一冬を越すつらさは万人に等しく圧(の)しかかる。雪解けの春も、鮮やかに萌える夏も、平穏な秋も、すべてが冬を越えるための準備に充てられていると言っても過言ではなかろう。
それでもシャイネは冬が好きだ。つつけば雪が降りそうな低い灰色の雲も、色褪せた空も、目に寂しい野山も、雪がすべてを閉ざした静寂も。エージェルに住む者は大半がそうだろう。
「今日はキムたちが戻ってくる。きっちり掃除を頼むぜ、シャイネ」
「はい!」
ケインに肩を叩かれ、大きく頷く。キムとフェニクスとリアラ、凄腕の狩人である三人が二週間ぶりに戻ってくる。今夜はどんな土産話が聞けるだろうと頬が緩んだ。
出立を見送った旅人たちが帰還するのは何よりも嬉しい。彼らが無事で、手に汗握るような武勇伝が一緒ならなおのこと。牡鹿の角亭で働き始めて二年と少し、旅人たちがくつろげるように寝台を整え、部屋を掃き清めて花を飾り、窓をぴかぴかに磨く毎日の仕事は、少々退屈ではあるけれども誇らしいものだった。雑巾とバケツを持って、客室に上がる。
そろそろキムたちも冬備えをするだろう。長めの滞在になるかもしれない。いかな凄腕の狩人であっても、凍てつく冬に閉ざされては手も足も出ない。
風の精霊が頬を撫でる冷たさ、そこに混じる水の精霊の息吹は雪の前兆だ。西から吹く風は海の上で水をさらって、雨や雪になる。降水量の少ない春から秋には軽やかに舞い踊る風たちが、つんと澄ました水を伴ってやってくると雪――冬の到来だ。
寒くなるよ、雪になるよと風が歌う。そうだね、と声に出さず呟いた。
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