こちらのアイテムは2018/7/16(月)開催・第7回 Text-Revolutionsにて入手できます。
くわしくは第7回 Text-Revolutions公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

インフィニティ第三章

  • A-07 (ハイファンタジー)
  • いんふぃにてぃだいさんしょう
  • 凪野基
  • 書籍|A5
  • 138ページ
  • 500円
  • 2018/07/16(月)発行

  • 「僕は、あなたがたの敵にだってなる」

    女神が創った世界を精霊が彩り、魔物が破壊する。
    多種族混在世界を舞台に、男装の半精霊と記憶喪失の騎士(仮)、主人公ふたりのすったもんだの旅路を描く長編第三章。

    工業都市を逃げるように去り、南方の宿場町へたどり着いたシャイネとゼロはレイノルドの妹・ナルナティアと出会う。ゼロの記憶を求め、一行は学問の都にある大学府図書館を目指すが、魔物の増加や神都の包囲など、耳に入るのは不穏な噂ばかり。
    隊商の護衛として西へ向かう道中、半魔クロアが再び姿を現して――
    ゼロの過去、アーレクス・ウォレンハイドと滅びの日の真相が語られる。伏せられた手札が明かされ、揃った役はさらに西、神都への旅路を示していた。


    【冒頭試し読み】
     モルドヴァは街道の分岐点とあって、人通りが多く賑わっている。住民よりも一時滞在者が多いらしいことは、宿屋街の広さから容易に想像がついた。空腹も疲労もあるが、まずは船酔いでげっそりとやつれたゼロを休ませたい。
     彼の船酔いを豪快に笑い飛ばしていた漁師たちも、彫像のように身動きせず、青ざめ土気色に変わってゆく姿を見て眉をひそめ、冗談どころではないと思ったのか、すまねえなあ、としきりにこぼしていた。
     こんなに船酔いする体質だと知っていれば、違う手を考えた。漁師たちも、海路でマジェスタットからの脱出を計画した半精霊たちもなにも悪くないし、もちろんゼロ本人も悪くない。

    「大丈夫か」

     久しぶりに姿を現したヴァルツが手を貸してくれた。引きずる格好だったのが多少はましになる。わずか二刻ばかりの航海ですっかり生気を失ったゼロは黙ったままだ。

    「死にはしない。案ずるな、シャイネ」
    「はあ」

     そりゃあそうでしょうと頷くのも憚られ、曖昧に同意して、宿を探す。まだ朝だから、空き部屋は少ないだろう。
     人間離れした美貌のヴァルツと、彼女に力なく寄りかかる黒ずくめのゼロは、朝市で賑わう通りにあっても目立った。しかし泰然自若の麗人を凝視する者はなく、浜に打ちあがった魚のごとき男も見て面白いものではないから、シャイネはおのずと道行く者の視線を一身に集めることとなった。気持ちの良いものではない。ぐにゃぐにゃのゼロが重く運びづらいこともあって、俯きがちになる。
     宿城は宿屋街のほぼ中央、四つ辻を囲むそれぞれの角にあった。本館と分館というわけだ。朝食どきで混雑する食堂を横目に辻を通り過ぎ、露店が並ぶ朝市から外れたところに空室を見つけ、飛び込んだ。
     道すがら求めたレモン水に蜂蜜と塩を混ぜたものをゼロに与えたヴァルツは、木桶と水差しを寝台のそばに置いて、シャイネの背を押した。

    「行こう。これといってできることはないから、寝かせておいてきみは何か食べるといい。お相伴しよう」
    「うん」

     お相伴、と言ったが、彼女自身が朝食を楽しみにしているらしいのは翠の眼がいつにも増してきらきらと輝いていることからも明らかだった。マジェスタットではあまり顔を合わさなかったので、シャイネの話を欲しているのだろう。

    「じゃあ、行ってくるね」

     伸びたままのゼロに声をかけると、手だけが持ち上がって追い払う仕草をした。ここまで運んでやったのにその態度は何だと腹が立つが、見逃してやれるほどの心の余裕はあった。ハリスと会って話し、父スイレンの過去をやや不本意な形ではあるが精算し、アンリの手配から脱して、久しぶりにゆったりした気分だったのだ。
     こんな形でマジェスタットを発つことになろうとは予想もしておらず、消耗品を買い足していなかったために荷は軽い。宿城を訪ね、街の様子を見て、西と南へ分岐する街道のどちらに行くか、もしくはしばらく羽を伸ばすか決めてからでも買い物は十分間に合う。
     ともかく、まずは腹ごしらえだ。宿での食事を断って朝の街に繰り出した。
     露店では湯気をあげる汁物や粥、太く平たい麺、パンや揚げ菓子、串焼き肉、団子、果物などのお馴染みものから、炭火で焦げ目をつけた握り飯にあんをかけたもの、香辛料が鼻を刺す汁物、蒸し器から取り出された紙包みなど初めて目にするものまで、各地のあらゆる食が集まっていた。

    「あれはどんな味だろうな。こっちの衣揚げもおいしそうだし、どうしよう、選びきれない!」

     ヴァルツは頬を紅潮させて、通りを行ったりきたりしながらはしゃいでいる。使われている食材だけならばともかく、味つけにまで想像が及ばないらしい。多少食べ過ぎたところで問題はなかろうに、いやに熱心でおかしい。
     大真面目に検討するヴァルツに「早く選ばないと売り切れるかも」と囁くと、宝石の眼に絶望が広がるほどだった。いくつか買い求めて半分ずつ分けようと提案する。

    「天才の発想だ!」
    「いや、ふつうです」

     苦渋の表情で彼女が選んだのは貝の炊き込み飯、海老のすり身の汁物、羊肉の串焼き、果実酢の発泡水割りで、シャイネは野菜とチーズ、薫製肉を薄焼きパンで巻いたものと甘藷の揚げ団子を選び、広場の花壇に腰掛けてはふはふとかぶりついた。肉体労働者向けだからか、それとも海に近い土地柄か、味つけはやや濃い。
     無言のままに器を交換し、伸びてきた手に違う皿を渡す。精霊の王と何をしているのかと気が遠のくが、家では何の抵抗もなく母と食卓を囲んでいたわけで、遠いところまで来たなあと、ノールの重い雲やリンドの灰色の空を思ってため息をついた。

    「露店で買い食いというのも新鮮でいいものだな」

     ヴァルツは心から満足したふうににこにこしている。何を勘違いしたのか、鎧兜に身を固めた男性三人が手を振ってきた。軽薄そうな二人は論外だが、控えめに手を挙げた栗毛の男は悪くない。

    「露店くらい、カヴェにもあったでしょ。ゼロはそういうの、嫌いなのかな」
    「露店がどうこうではなくて、私が同行するのを良く思っていないようだった。たぶん、私の方がもてるからだと思う」
    「なるほど」

     いくら何でも子どもっぽいと思ったが、病人に鞭打つ真似をすることもあるまいと黙っておいた。ヴァルツとて買い食いのためだけにこちらをぶらつくほど暇ではなかろう。口実が必要だったのだ。

    「ところで、これからどうするんだい? どこへ行くかあてはある?」
    「いえ、何も。マジェスタットではずっとばたばたしてたし、まさかこんなことになるなんて思ってなかったから」

     ハリスに会ったことが旅の折り返し地点だとは思えなかった。父や母に話したいことは山ほどあるが、話し終えればすぐに、次の旅路に思いを馳せるに違いない。居住地を定めずに流れ続ける生き方は、性別と生まれを偽るシャイネにとって易しいものではなかったが、男装を解いて雪国で暮らす姿も想像できなかった。
     カヴェを出て「背骨」を越え、マジェスタットに辿り着いた春の終わりの頃のように、小さな依頼を受けて路銀を稼ぎ、おいしい食事と酒を分け合って――。
     仕事をして食べて飲んで眠る、それはどこにいようと同じはずなのに、どうして故郷での生活よりも、旅暮らしに惹かれるのだろう。刺激があるから? 単なる好奇心? 雪と氷に飽きた? 父のまねごと? それとも。
     憧れ、目標にしてきたいくつかの後ろ姿を思い描く。父の凜と伸びた背、風を纏うリアラの軽い歩み、はためく黒い外套に包まれた長身。
     それが誰なのか明らかになる前に黙考を打ち切って、答えを急がせないヴァルツを見上げた。

    「南に行くか西に行くか、ちょっと考える。……練習したいこともあるし」
    「練習?」
    「そう。他の人の夢に落ちるの、何とかしたいから」

     森の王は薄く笑んだ。いい心がけだ、と。習熟したいのではなく、自分への負担を軽減したいがゆえだが、わざわざつけ加えなくてもいいだろう。
     そろそろ戻ろうかと促され、ゼロのために惣菜を餡にしたお焼きとレモン水を買って、宿に戻った。
     それにしても、武装して町中を歩く者のなんと多いことだろう。



    (続きは同人誌版でどうぞ。カクヨムにも転載済)

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