情報屋のミリアンダの前に突然現れた少年――ネクトル。
彼は『ファラールの英雄』の弟子を名乗り、しばらく面倒を見て欲しいと頼み込んできて……。
テキレボアンソロ「嘘」に投稿しました「たばかり」
http://text-revolutions.com/event/archives/5454のその後のお話です。
本文サンプル
http://books.doncha.net/happy-reading/detail.pl?uid=113335991&bookid=987 情報屋をやっていると、突然押しかけてくる人間に遭遇することがある。
逃げ場を探している者、誰かを追いかけている者、とにかく時間を惜しんでいる者。共通するのは、切羽詰まっているという点だ。誰もが様々な感情を押し込めつつ、それでも隠しきれない焦燥感を滲ませて私に詰め寄ってくる。
そういう人間と出会う機会は掃いて捨てるほどあった。けれど、子どもが押しかけてくるというのは初めてのことだった。
「ミリアンダ聞いてる? だからさー」
今私の目の前にいるのが、その類い希なる少年だ。パンをちぎっては口の中に放り込みながらお喋りを続けている。子どもらしい高い声が食堂に響く度に、私は何とはなしに居心地の悪さを覚えた。
私たちへと注がれる視線の温度が、それをいっそう強くする。
柔らかそうな赤茶の髪に白い肌、ぱっちりとした青い瞳。愛嬌のある顔立ちをした少年は、名をネクトルというらしい。八歳という自己申告よりは少し幼く見える。
白のシャツに緑のズボン、焦茶の鞄という特段目立つことのない服装だが、小さくも大きくもない服を身につけていられるのは、この星ではそれなりに裕福な家庭の子という証拠だ。
「俺はああいう技使いになりたいんだよね」
そして何より重要なのは、彼が技使いという事実だ。子どもなので彼の『気』だけでは判断できなかったが、夜道で光球を生み出す姿を見かけたので間違いない。
炎を、水を、土を自由自在に操ることができるという――技。技が使える者たちのことを、人々は技使いと呼ぶ。
もっとも技使い全員がどんな技でも使えるわけではなく、向き不向きは存在した。技使いであることは大抵十歳までに判明するが、ネクトルは五歳の時から技を使っているというから早い方だろう。
「いつか人を救えるような技使いに」
私がお茶を飲みつつ聞き流していると、ネクトルの声がさらに高くなる。子どもらしく夢の溢れた発言だ。食堂にいる大人たちの顔が、微笑ましいと言わんばかりに緩むのが目に入る。
フォークを握りしめて力説する姿は、確かに人の心を和やかにするのかもしれない。少なくとも朝の遅い時間にこんなところでくつろげる人間には受け入れられている。
「そのために絶対強くなるんだ!」
でも私はそんな心境にはなれなかった。こんな時、どんな顔をして何と口にすればいいのか。
――ネクトルの夢は、決して叶わない。無理なのだ。だが未来に希望を抱いている少年の心を折るのは大人げないことだろう。私も決してこの無邪気な笑顔を歪ませたいわけではない。
しかしいつかきっと、彼も現実を知ることになる。その時のことを思うと、胸の奥がひやりとした。
「ねえ、ミリアンダ聞いてる?」
鼻息荒くフォークでベーコンを突き刺しながら、ネクトルは首を傾げた。何度も確認してくるのは私が無言だからか。
確かに反応は薄い方だと思う。正直、子どもの話をこんな風に聞き続けた経験がなかった。情報屋となってからはなおのことそうだ。
だから子どもになどかまいたくなかった。けれども撒いては見つけられ、追い払っても食堂に入ればちゃっかり向かいの席に着き、しつこく追いかけてきては「お金はあるから面倒を見て欲しい」と頼み込むネクトルに、ついに私は諦めた。
これでは仕事にならない。そうして渋々同行を許したものの、今度は四六時中のお喋りが待っていた。しかも朝からよく食べる。三日目にして、私は既にくたびれていた。
「ちゃんと聞いてるわよ」
波打つ自慢の黒髪を背へ流し、私は肩をすくめる。別に無視したいわけではない。ただ肯定も否定もできないから黙り込んでいるだけだ。すると不満そうに唇をすぼめたネクトルは、軽く眉根を寄せた。