【残部僅少作品頒布応援企画「ゴブガリ」(5部狩り)参加作品】
「ナミアはついてくるなよ。オレはバッキオのところに行くから」
ある日突き付けられた拒絶の言葉に、ナミアは動揺し思い悩む。その発端には技使いグループの分裂騒動が関わっていて……。
少女たちのささやかな成長物語。ライトな異世界ファンタジー。
後日サイト掲載予定 同世界観作品あり 残部僅少
表紙イラスト:トガシさん
試し読み
http://books.doncha.net/happy-reading/detail.pl?uid=113335991&bookid=613 レビュー
http://text-revolutions.com/event/archives/3024「ナミアはついてくるなよ。オレはバッキオのところに行くから」
一歩ナミアが足を踏み出すと、ケーヒスは不機嫌そうに振り向いた。道の真ん中で硬直した彼女は、眼を見開き彼の顔を見つめる。
見慣れた栗色の瞳は細められ、口元は微妙に引き攣っていた。普段とは違う。何より彼の『気』から苛立ちが読み取れる。こんなことは今までなかった。
「ケー……ヒス君」
「だからついてくるなって。お前はリンたちと一緒に遊べよ。じゃあな」
立ち尽くしているナミアを置いて、ケーヒスは走り出した。彼女はほとんど無意識に伸ばしていた手の先を、おもむろに見やる。その間にも、彼の背中はどんどん遠ざかっていく。振り返ることもない。胸の奥がずきんと痛んで、彼女は顔を歪めた。
「ケーヒス君」
手を下ろしたナミアは唇を噛んだ。優しいケーヒスのあんな顔を初めて見た。あんな気を初めて感じた。彼はいつも彼女が困っていたら助けてくれた。泣いていたら励ましてくれた。寂しがっていたら相手をしてくれた。両親が亡くなってからは特に、一番心強い味方だった。
何か怒らせることを言ってしまっただろうかと、彼女は首を捻る。しかし心当たりはない。小道を歩いている途中、家から出てきた彼の姿を見かけて声を掛けただけだ。昨日までと何も変わらない。家で何かあって機嫌が悪かったのだろうか? 両親と喧嘩でもしたのだろうか?
突然のことにわけがわからなくて、彼女は俯いた。何だか泣きたくなってくる。理由を探せば探すだけ、思考は悪い方へと流されていく。
もしかしてずっと迷惑していたのだろうか? ついつい甘えていたのが悪かったのか? 今まで我慢していたのがここにきて爆発したのか? 舗装されていないでこぼこ道がますます歪んで見えてきた。これだから駄目なのかと思うと、喉の奥が震える。
「……何か、あったの?」
かろうじて絞り出した声の弱々しさに、ナミアは歯噛みした。「気にしない」と自分に言い聞かせるための言葉さえ、うまく出てこない。いつもケーヒスがそうやって励ましてくれたと、思い出すだけで苦しくなる。
遠ざかっていく彼の背中がまざまざと蘇った。また背が伸びただろうか? 細長い手足を力一杯振って駆けていく姿は、追いすがることを拒絶していた。
「どうしよう」
少しでも狼狽えると頭が回らなくなる。昔よりも少しはしっかりしてきたと思っていたが、勘違いだったらしい。憧れていた『技使い』の一員であることがわかってから、季節は一巡りした。未知の世界には驚きの連続だったが、おかげで逞しくなってきたと感じていたのに。これではよく泣きじゃくっていた頃と何も変わらない。
「ナミアさん?」
涙がこぼれそうになった時、背後から声が聞こえた。動揺しすぎて誰かが近づいてきたことにも気づかなかったようだ。はっとしたナミアは顔を上げ、瞬きでどうにか瞳の滴を目尻に追いやる。そして勢いよく振り返った。
「ジュリちゃん」
気遣わしげにたたずんでいたのはジュリだった。ここよりさらに町から外れたところに住んでいる技使いの少女だ。ナミアとは一つしか違わないのに、誰よりも落ち着いているし優しい。ナミアが一人でいるとよく声を掛けてくれる。
技使いとしても先輩で、困った時に頼りになるお姉さん的な存在だった。ケーヒスとよく似た赤茶色の髪を、今日は左右で結んでいる。ナミアの髪は亜麻色なので、いつも少しだけ羨ましく思っていた。
「どうかしましたか?」
「あ、え、ううーんと、何でもない」
ナミアはどうにか笑顔を作った。こんな些細なことで心配をかけてはいけないと、慌てて取り繕う。優しい人の前ではつい甘えがちになる。ジュリは察しがいいから要注意だ。