『あなたもこれで流れの技使いに』
ふざけた謳い文句を掲げた技使い訓練所。そこへ足を踏み入れた者は誰一人帰ってこないという。町長から調査を依頼された僕は、たまたま居合わせた流れの技使い二人と共に潜入することになり…….。
ライトな異世界ファンタジー
サイト掲載済み 同世界観作品あり
【戦闘/アクション/異能力】
WEB版
http://indigo.opal.ne.jp/novel/ess/ 試し読み
http://books.doncha.net/happy-reading/detail.pl?uid=113335991&bookid=480 レビュー
http://text-revolutions.com/event/archives/751http://text-revolutions.com/event/archives/1703「ここに技使い殿はいらっしゃいますか!?」
突然、野太い男の声が食堂に響き渡った。スプーンを咥えたまま振り返った僕は、扉の前にいる大男を見やる。
彼の視線は、何かを値踏みするように室内をうろついていた。土汚れの目立つその上着は、体躯に合っていないのか突っ張っている。身なりと双眸が不釣り合いな、ちぐはぐな印象だ。
「ここに技使い殿がいらっしゃると、先ほどパネッターさんからうかがいました」
男は少しだけ声を落とした。静まりかえった部屋には妙な緊張感が漂っている。
僕は椅子に腰掛けたまま足をぶらぶらとさせ、眉根を寄せた。パネッターという名前には覚えがある。お喋り好きな、この小さな町唯一の武器屋だ。僕も昨日掘り出し物を求めて顔を出したばかりだった。
余所から来た技使いであれば大抵一度は武器屋に寄り、めぼしい物を探したり情報収集を試みる。この男はそれを知っていたのだろうか?
「あのおっさん、もう喋りやがった」
スプーンを離した僕の口から、つい舌打ちが漏れそうになった。情報を収入源にもしている類の人間だろうから、いつかはばれるとわかってはいる。でもいくらなんでも早すぎだ。その辺の微妙なさじ加減も武器屋の才能の一つなのに。
僕が技使いだと知れ渡ったら、この町に長居はできない。定住しないいわゆる『流れの技使い』を便利屋扱いする人間は多い。害獣を駆除しろという細々とした仕事から、荒くれ者を追い払えだとか怪しい事件を解決しろとかいう、面倒な依頼が舞い込むことも珍しくない。
そして噂が噂を呼び、それらは増える一方となるのだ。技使いがどんな『技』を使えるのかどうかまでは、大概考えてくれない。そんな場所ではのんびりとなんてしていられなかった。適当に稼いでさっさと別の町に行こう。僕は渋々と手を挙げた。
「……え?」
大男は間の抜けた声を上げた。予想通り、喫驚した表情だった。これだから嫌だ。
薄汚れた茶色いマントですっぽりと体を覆った僕は、傍目には相当頼りない子どもに見えるのだろう。大概こんな反応をされる。慣れたから腹立つのも馬鹿馬鹿しくなったけど、いまだに気分はよくなかった。自然と額に皺が寄ってしまう。
「技使い殿が、三人……?」
しかし次の瞬間、予想もしなかった言葉が鼓膜を震わせた。「三人」と僕は口の中で呟く。そして慌てて部屋の中へと視線を走らせた。
確かに、反応していたのは僕だけではなかった。壁際の席で白髪のじいさんが一人立ち上がり、笑みを浮かべている。背は僕と同じくらいで高くない。白い艶やかな長衣はぱっと見た限りでも上質そうで、それなりの収入を維持していることがうかがえる。
もう一人は、奥の暖炉の傍で片手を挙げている青年だった。額に布を巻き、黒を基調とした衣服に身を包んでいる。腰から短剣をぶら下げているところが実にそれらしい。面倒ごとに首を突っ込み、荒稼ぎしている人間に違いなかった。
「気づかなかった」
僕は瞳を瞬かせて、辺りの気配へと意識を向けた。じいさんからも青年からも、他の人間よりも少しだけ強い『気』が感じられる。嘘を吐いているわけではないみたいだ。
今まで僕が気がつかなかったのは、その差がほんのわずかだったからか。――弱い技使いなのか、それとも『気』を隠しているのかは定かではない。そもそもこんな小さな町に、技使いが複数人立ち寄っているなんて珍しかった。
こんなことなら手を挙げなければよかった。この二人のどちらかに仕事を押しつけて、その間にこの町を出ればよかった。
僕が技使いだってわかるのは同じ技使いの人間か、そうでなければ武器屋だけだ。技使いには『気』で悟られてしまうが、こちらが名乗らない限りは一般人にはわからない。手を挙げなかったらごまかせたに違いなかった。