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【パンフ掲載作】 月は欠けゆく −大河ドラマ『新選組!』伊東甲子太郎への追悼をこめて−

  • 委託-26 (小説|その他)
  • つきはかけゆく
  • 野間みつね
  • 書籍|A5
  • 92ページ
  • 300円
  • http://text-revolutions.com/e…
  • 2005/6/30(木)発行

  • どうか私に、先生の大開国策だいかいこくさくをお聞かせください。


     岩倉邸での屈辱の会合が終わってのち御陵衛士ご りょうえ じ 頭取・伊東甲子太郎い とう か し た ろうは、供として付いてきていた弟子・藤堂平助とうどうへいすけと共に、宿所である月真院げっしんいんへの帰路を辿っていた……

     NHK大河ドラマ『新選組!』版の伊東甲子太郎先生追悼の一冊。
     ドラマでは描かれていない部分を想像で埋めた物語(ウェブでの公開予定なし)や、視聴日記で公開していた伊東先生関連の随想(……の内、4本/「写真一枚見ただけで」/「御目文字出来た、その時が」/「恋闇に塞がれた目で語るなら、それは予測でなく願望」/「時代に恋をして、時代に振られた男」)を収録。

     第4回テキレボのアンソロ(テーマ:和)に「抄」を掲載しました!
     是非、上に貼ったURLから御覧ください。

      === 以下抜粋 ===

     師の表情が一瞬こわばった、と見えたが、文字通りそれは一瞬であった。更に何度かまばたいた後で、師は、やや皮肉の微粒子が混じった笑みを浮かべた。
    「……聞いて、どうするのだ」
     平助は、若干の怯みを覚えた。師が、昨夜の一件で、完全に参ってこそいないけれども随分と参ってはいるのだと、その態度と返し方とで察せられたからだ。
     だが、一度口に出した以上、もう後へは引けなかった。
    「私は……今迄、先生が授けてくださる知識を受け入れるだけで、浅はかにも学んだ気になっておりました。しかし、昨日私は、先生が理不尽な目に遭われているというのに、何ひとつ、先生のお役に立てなかった。……口惜しゅうございました。己はいざという時に先生のお力にもなれぬ程度の知識しか身に付けていなかったのだと、思い知りました。……私はこれまで、先生の門下に在りながら、先生が日本の将来をどのようにお考えになっているかを殆ど知らないに等しかった。自ら進んで学び取ろうとしなかった我が身の怠慢に、恥じ入るばかりです。どうか─どうか私に、先生のお考えを伺う機会をお与えください──」
     平助は、片時も師の顔から目を離すことなく言い切った。仕舞の辺りは、血を吐くような思いに駆られていた。
     師は、いつしか笑みの消えた相貌そうぼうを微塵も動かすことなく、平助の言葉を聞いていた。
     お願い致します、と頭を下げると、暫時ざんじの沈黙が場に落ちた。
    「……藤堂君、手を上げたまえ」
     やがて静かに届いた声に、平助は驚いて顔を上げた。記憶にある限り、師が、自分のことを「藤堂君」などと呼んだのは初めてであった。そもそも、そんな呼び方をしたのは出会った当初の山南敬助ぐらいで、師も含めて殆どの者が彼のことを「平助」と呼び、彼自身もそれを特に不満に思うことはなかった。それは何処か親愛の情を感じさせる呼び方だと彼は思っていたし、だから師が自分のことを「平助」と呼んでくれるのは嬉しくはあっても、忌避すべきことではなかった。
     だが、顔を上げた平助は、一見まるで表情を動かすことなく自分を見つめているように見える師の瞳の奥に、今迄に自分が見たことのない、何かしら硬質の、しかしそれでいて何処かしら柔らかい光が浮かんでいることに気付いた。

         ───「月は欠けゆく」より

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