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【ローファンタジー】しぞーかおまち奇譚その2

  • 有馬-26 (ローファンタジー)
  • しぞーかおまちきたんそのに
  • 瓜野
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 48ページ
  • 300円
  • 2019/6/16(日)発行
  • おまち―それは静岡市中心街を示す地元言葉。
     相変わらずのんびりで、けれど確実に移り変わっていく街並み。そこには人間の営みが確かに息づき、ついでにそれ以外のものもちゃっかり息づいている。
     ビルの壁に据え付けられた巨大な蟹のオブジェ、住宅街の真ん中にある民家のようなカレー屋、そこは小さなオーストラリアとも言うべきカフェ、一見近寄りがたい地下にある雑貨店。
     今日もおまちはお散歩日和。悩んで食べて働いて。
     全編書き下ろしの連作短編集、第二弾。

    ※本作だけでもお読みいただけますが、前作「しぞーかおまち奇譚」を読んでいただけますとよりお楽しみいただけます。

    ■ もくじ
    1.プロローグ
    2.あぶくの見る夢
    3.一国一城の一粒
    4.雷鳴と珈琲
    5.シロクマからアナタへ
    6.エピローグ

    ■ 本文サンプル

    1.プロローグ

     西の空が明るかったので、通り雨かと傘も差さずに歩いていたら、思いのほか強い雨粒によって目的の場所に到着する頃には濡れ鼠になっていた。

     出迎えてくれた人物は髪から雫を滴らせた私を見て、「いや困る!」と開口一番、悲鳴をあげた。

    投げつけられた有りっ丈の手拭いやタオルで、がしがしと乱暴に髪を拭く。ざっくり切り揃えられた赤茶色の髪から落ちる水滴は板張りの縁側に染みを作った。水たまりに突っ込んだ革靴を脱ぎ捨て、びしょ濡れの靴下を絞る。風邪をひくことはないにしろ、それなりの不快感は私にだってあるのだ。

    身体中の濡れた箇所を無心で拭いていると、背後から呆れた声が届いた。

    「傘ぐらい差してくりゃあいいに」

    「忘れた」

     それは意図的、あるいは頓着がないことに対する堂々たる言い訳である。

     ゆえに聞き届けた相手はわかりやすい顰め面を作った。天候にかかわらず、しっとりと濡れたような黒髪に艶然とした雰囲気を冗長させる泣きぼくろ。人間ならば少女をとっくに通り過ぎ、女として熟れた頃合い、とでも言おうか。

     とはいえ、その見立ては実際正しくない。そもそも前提条件が異なっているならば、正しくなりようがないのだから当然だ。

    少なくとも私が知っている限り、およそ百年、彼女はまったく同じ姿を保っている。

     出会いはほんの偶然だった。

     当時の私は狐像から「抜け出す」術を得て浮かれていた。お賽銭をそれとわからぬ程度にくすね、道行く人々の格好を写し取り、バスの乗り方を見様見真似で学び、及び腰のまま電車に乗った。

    目にするもの、耳に入るもの、口にするもの、すべてが物珍しくて夢中になっているうちに生まれて初めて「職務質問」というやつにあった。

    人間の世界について限りなく無知だった私は平日の日中に住宅街をうろつく若い男性はすべからく「不審者」として通報される仕組みだということを知らなかった。当然ながら私は自分の身分を証明するものなど今も昔も持っていない。何も悪いことはしていないのだから、不当な扱いを受ける謂れは本来であれば、ない。だが、頭でそう理解し、冷静に対処すればいいのだとわかってはいても、未だかつて体験したことのないような冷や汗が全身から噴き出ていた。あるのかないのかわからぬ心臓はうるさいぐらいに早鐘を打ち、喉はカラカラに乾いた。不幸にもその様はより一層職務に忠実な彼らに不信感を抱かせた。当たり前である。

    最早これまでと思ったとき、差し出された助け船は意外にも同族の匂いがした。

    驚いてよくよくその顔を見れば狐というには信仰が深い。だからこそ私は安堵して、彼女の芝居に慌てつつも冷静にのっかれたのだ。

    彼女の設定により即席の姉弟となった私たちは無事不審者の誹りから免れることができた。ほっと胸を撫で下ろした私に彼女は辛辣に言ったものだ。

    『愚か者。真っ昼間からそんな格好で出歩くやつがいるか』

     一瞬、尻尾が飛び出すかと思った。しかし、それが彼女の老婆心というにはあまりにも同胞愛に満ちた優しさだと気が付くのにそれほど時間はかからなかった。

    以降、彼女からのアドバイスに従って、街を歩き回る際は若い女性の姿になることにしている。昼間なら厄介ごとに巻き込まれることはほぼないし、職務質問も受けない。

    「なーにぼんやりしてるだか」

     かつての駿河の国の貨幣経済の中心地。今は地方銀行の本店や国銀の支店が鎮座することで、その名残を辛うじて感じ取れる金座町のほぼど真ん中。小さいながらもよく手入れされたお社に住む彼女こそ、この稲荷神社の御神体の化身である。つまりただの神使である私より格上だ。

     けれど、そのような瑣末を気にしない彼女は最初から私にフレンドリーだった。よって私も彼女に対し、友人のように接することと決めている。

    今も社の中から当然のように主人自らお盆を携えて出てくる姿に違和感すら抱かせない。豊かな茶葉の香りが鼻先をくすぐる。二人分の湯呑みはゆらゆらと白い湯気を立て、世界一牧歌的な光景を作り出す。

    「その様子じゃまだ当てはないだか」

    「……まあ、うん」

    「焦らずやりなぁ。阿形だってアンタが無茶して嬉しいことはないら?」

     結局、彼女が静岡弁以外で喋るのを聞いたのは初対面のあのとき限りだったな、と茶を啜りながら回想する。お供え物なのか知らないが、滋味深い飲み物は臓腑に染み入るように美味い。

    「うん。ありがと、金ちゃん」

     お茶美味しいね、と呟くと彼女はにっこりと微笑んだ。とても人間らしい笑みだ。まだ、私にはうまくできない。なんなら滅多に人の姿にならない阿形の方がうまいかもしれない。と、なると、これは単に私の性格だろうか。そうかもしれない。口を閉じた狐の愛想がよくてもなんだか締まらない。

    「もうちょっと探してみるよ」

    「一休みするならいつでも来なぁ」

     待ってるだよ、と微笑む彼女の気遣いに丁重に礼を言って曇天を見上げる。絞り出すような雨の粒はようやく疎らになりつつあった。

     雨降って地固まる、ということわざを人間は使うそうだ。明日への希望というのをむやみやたらに信用する人間らしい言葉だと思う。けれども一方で、その考え方を羨ましいとも思う。生まれたら死ぬことが決まっている人間。たった百年ぽっちの短い生涯をもがいてもがいて生きることをよしとする人間。何か悪いことがあっても、今が大変でも、きっと明日は、虹だって出る。そういう希望の積み重ねが、なんだかいいなあ、と最近とみに思うのだ。

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