この本のご購入はこちらから(購入サイト・2020年12月26日(土)21時~2021年1月11日(月・祝)~23時59分)
※R15の自主レイティングのある同人誌です。一部作品に性暴力を想起させる描写・設定がありますので、15歳未満の方のご購入はご遠慮ください
奇病に侵された青年、欲望に蹂躙される術士、国を滅ぼす悲劇の魔王――優しく儚くセンシティブな「男性ヒロイン」
身近な女性の愛や情愛によって救われる男性――「男ヒロイン」を主題にした掌編小説集
表紙イラスト:
歌峰由子 さま
文庫|72p|500円◆入水自殺への抗えぬ衝動を誘発する「オフィーリア病」に侵された儚い美貌の青年小説家と、それを受け止めざるを得ない配偶者。小説家の苦しみと再起の軌跡(オフィ―リアの花輪/表題作)
◆稀代の回復術士・シュクレは、能力ゆえに敵国に拉致される。危機を救うのは彼の娘である護衛騎士(綺麗で優しい回復術士(父)を守る護衛騎士(娘)の話/R15版)
◆とある異世界、精霊姫が幼なじみの魔王を結晶に閉じ込め「婚姻」して共に滅びる運命の物語(滅びとの婚姻)
※再録本。小説投稿サイトの
カクヨム・
エブリスタで公開しているものに多少の修正を加えたものです。大幅な加筆はありません。
<冒頭試し読み>
◆オフィーリアの花輪 夏至の昼が終わろうとしていた。
真っ直ぐ病室に向かう迷いのない足取りとは反比例に、病院独特の匂いは、何度来ても慣れることはない。
面会に少し日が空いてしまったことへの、いくばくかの罪悪感を持って重たい扉を開ける。
彼はベッドで上半身だけを起こし、いつもと変わらぬ柔らかな笑みを浮かべて窓を見つめていた。私の存在に気づいて「やあ」と頭を揺らす。すると、軽く纏められていた長髪がさらり、とほつれて流れた。
「雨が降らなくてよかったね。梅雨入りしたんでしょう?」
小首をかしげ、彼は言った。
思わず目を細めたのは、突き刺さるような西日のせいだけではない。
彼は三十路を過ぎたはずだが、どこか幼く頼りない。子どもの頃は女っぽいとからかわれていた中性的な容姿も、成長と共に男性らしい精悍さと――ともすれば柔らかな美しさと愛らしさを兼ね備え、伸ばしたままの長髪は、より彼の特徴を際立たせていた。
男とも女とも言えぬ――ただし肉体、性自認は男性である――はたまた、俗世にいることすら不思議な純粋さを持ち合わせた、稀有な人。もともとそうだったのか、この病室で過ごすことが多くなってからなのか。長い付き合いの私でもわからなくなってきたくらいには。
「梅雨入りしたよ。そうだ……ジメジメするんだから、髪を切ればいいのに」
「面倒でね」
「面倒、って」
なんのことなく放たれた言葉は、羽のように軽い。
「今の僕には、身だしなみを整える意味がほとんどないから」
◆綺麗で優しい回復術士(父)を守る護衛騎士(娘)の話 「さあ、具合はいかがですか。痛みは消えましたか?」
優しく語りかける声音は、いつだって温かい。
老婆に向かって、にこり、と青年が一つ微笑む。無病無傷の者でさえ心の奧がじんわりと温まり、安堵を覚える笑みが広がった。
ここは、小国ノワゼット辺境の村。農業が中心の、牧歌的な雰囲気が漂う集落である。
青年の年の頃は二十代前半。柔らかく下がった目尻と眉は整っており、人の良さを感じる。無駄な角張りのない頬や顎、整った鼻筋、やや色白できめ細かな肌。そして絹糸のように繊細で、うねりなどなく美しく腰まで伸ばされた髪の毛。すらりとした線の細い体型。
彼は、一瞬女性と見まごうような――しかし男性らしさも併せ持つ魅力を持つ、まさに美青年。
彼の名は、シュクレ・テンカート。国直属の回復術士である。
「ええ、ええ、ありがとうございます。ずっと患っていた痛みが、すーっと消えていって」
頬を紅潮させ、感謝の言葉を述べる老婆に、彼は先ほどとはまた違う――そこかしこに花が咲き乱れんばかりの笑顔を浮かべた。
「それはよかった! ああでも、神経系の痛みは、ぶり返しがありますので……これを差し上げます。十回は使えると思うのですが、足りなくなったら、町のお医者さんを通して私に教えて下さい」
「お札までいただいた上で、そんな、お国の回復術士様に対して、平民の私めがそんな大それたことを……」
遠慮する老婆の前で、いそいそとシュクレが差し出した札は、神経系の痛みを緩和する術の込められたもの。回復術士だけが作ることのできる品である。
老婆は畏れ多いと言った様子で、差し出されたそれを受け取ろうとしない。
しかし、彼は柔らかな動作で、札を老婆の手に握らせた。
「ここに立ち寄ったのもなにかのご縁でしょう。お医者さんには私から話をしておきますので、ご安心を――他に、持病や怪我があるかたは?」
シュクレは腰の曲がった老婆のために屈めていた背を伸ばし、立って辺りを見渡す。彼の纏った服の裾がひらりとはためいた。白と青の清楚なローブの裾は土で汚れているが、それを気にする様子はない。
◆滅びとの婚姻 透き通る結晶の中。閉じ込められた男は、世界を滅ぼす魔王である。
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静寂が漂う夜の礼拝堂は、今にも消えそうな、短いろうそくが薄暗く室内を照らし、簡素な花で飾られている。それは婚礼の装飾なのだが、華やかさにはとんと欠けていた。
世界は、戦乱が長く続いていた。礼拝堂のあるこの村にも、本来、祝いごとをできるような物資は残っていない。
席には参列者の姿はない。さらに奇妙なことに、祭壇の前……新郎が立つ場所に、人間が一人ほどの大きさのなにかが、布をかぶせられて置いてあるだけだ。
婚礼の儀は仮初めで、これから行われるのは葬式なのではあるまいか。
静寂を破ったのは、扉の開く音。
ぎいぎいと耳障りなそれと共に姿を現したのは、白の婚礼衣装を纏った花嫁が、ただ一人。長い髪を綺麗にまとめてはいるものの、小さな花一輪で飾っただけの装い。よく見れば衣装も、所々がすす汚れ、破れている。
立っているのは花嫁だけ。付き人の姿すら見えない。参列者はおろか、花婿の姿すらない婚礼など、婚礼と言えるのだろうか。
扉が閉まると、彼女はしずしずと祭壇に向かって歩き出した。
やがて祭壇の前に立った彼女は、彼女は布をかぶせられたものの前に向き合い、布を取り去った。
姿を現したのは、縦に長く、巨大な緑色の結晶。
「国よ、民よ。そして父よ、母よ、ご安心を。私が、魔王と添い遂げ、平穏を取り戻します」
花嫁が結晶を真剣に見やる。
視線の先にあるのは、結晶の中に閉じ込められた男の姿。
纏った衣装は漆黒で、金色の刺繍が施されている。風を受けたまま閉じ込められたのかと見まごう、たなびくマントと、すべてを受け入れたようにまぶたを閉じた姿は、青年とはいえ、魔王と呼ぶにふさわしい威厳があった。
「哀れな魔王の花嫁は、精霊姫であるこの私。生涯をかけて、貴方のおそばに居ます」
花嫁が、はらはらと涙をこぼすと、涙は魔王の体を包む結晶と同じ緑色の宝石になって、地に落ちる。
かろ、かろ、かろん、と鳴るその音は、凛とした表情を崩さない彼女の、泣き声のようでもあった。
花婿たる魔王は、人間の王子。
花嫁たる彼女は、鉱石の精霊姫。
この婚姻はすなわち、魔王の封印と破壊の儀式であった。