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【SF】果てしなく青いこの空の下で

  • 嬉野-02 (ライトノベル)
  • はてしなくあおいこのそらのしたで
  • 六神
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 188ページ
  • 500円
  • 物質やエネルギーを人間の精神力が媒介して発現させる、サイ・テクノロジーが発達したこの世界には二種類の人類がいる。
     <祝福の民>と<災いの民>
     異形と異能を誇ったイーデアは数に勝るブレスに敗北し、地下都市へと追いやられる。
     それから二百年、互いの接触はなかった。そして唐突なイーデア開放令から六十年余り。差別がまだ根強く残る地上のある都市で彼らは出会う。
     青い髪をして不自由な足を引きずって歩くアイン。
     青い肌をした巨躯を誇るが、実態はただの大学生バロン。
     土砂降りの雨からはじまった出会いから、彼らの縁が繋がる。
     互いの個性をぶつけ、認めあいながらの暮らしは平和そうに見えていつの間にか居候が増えていく。
     このまま面倒ながらも穏やかな生活が続くだろうと思われたが、そこに暗雲が立ちこめる。
     中心にあるのはサイ・テクノロジー技術者、通称ソーサラーの存在。
     彼らの日常は、青空が曇るようにして崩れていく。

    ♯1 ダッフルコート

     空が哭いている。

     アスファルトに叩きつけられた雨が弾け、散る。

     あまりの勢いと雨量に、地面に落ちた雨粒が大きく跳ね上がった。

     ずいぶん前、その光景を見た私は思わず「下から雨が降って来る」と言った。そうすると側にいた誰かは一度眉をひそめたあと、「おまえらしい」と笑ってくれた。

     あれは、誰だったのだろう。記憶をたどろうにも、激しさを増す雨に打たれ、思考が散漫になってしまう。雨が水のカーテンになり、さらに滴が目に入りこんでしまってひどく視界が悪い。一歩がひどく重い。眼鏡を取って顔をぬぐいたい衝動に駆られたが、それこそ、一瞬の気休めにしかならないだろう。

     それに、あいにくと両手はふさがっている。

     右手に買い物袋。

     左手に、杖。

     ステンレス製で何の飾り気もない。機能一点張りの代物だがもう長い間使っている。

     その杖と、右足で地面を押さえ、左足をほとんど引きずるようにして前に出す。わずかばかり持ち上がった足を動かし、地面に下ろすと足は耳障りな金属音を発する。左足からは、動くたびにどこかしら音が出た。

     そう、左足の膝から下は棒きれも同然。支えているのは金属製の固定具のみ。構造上、自由度はほとんどない。だがこれを取ってしまうと、左足は体重を支えきれずに崩れてしまう。この左足はいや、左足の残骸には、この身体を支えるほどの筋肉と骨が残っていないのだ。

     そのため、普段の外出には電動車椅子を利用していた。だが、あいにくと今日は杖一本。

     どうしてこんな真似をしでかしたかというと、秋晴れの空がすばらしく高く澄み渡っていたから。多少の不自由さを覚えても、自分の足で歩いてみたくなったのだ。

     結果は、このありさま。

     突発的な夕立に遭遇してしまい、今は自由のきかない足を引きずって移動している真っ最中。もっとも、すでに服は雨をたっぷりと吸いこみ、重くまとわりついてくる。状態は最悪だ。無理に動いて雨宿りする場所を探さなくとも、突っ立って雨雲が行き過ぎるまで待った方が、自分の足のことを考えれば良策かもしれない。それでも、とりあえずは濡れたままでも雨宿りがしたかった。

     そう、あと五メートルも進めば地下鉄への入り口がある。

     あと少し。車がすれ違うのがやっとの細い路地を渡り、点字ブロックのついた段差を越えれば、その先に。

    「ーー……あ……!」

     我ながら、なんて間抜けな声なのだろう。

     道路と歩道の、その境目にある排水溝。大量の雨水が一気に流れこんだため、許容量を越えた泥水が逆流し道路まであふれかえっている。その溝蓋に杖が引っかかり、流れこむ雨水に滑ってバランスを崩す。全体重を支えきれない脆弱な足は、そのままなす術なく膝から折れ、前のめりに倒れた身体は雨水がたまって即席の川になった歩道に勢いよく倒れこんでしまった。

     本当に、間抜けなほど大きな音と水しぶきを散らして。

     倒れたまま、それでも顔を濡らす泥水の不快さに頭を動かせば、点字ブロックの黄色が間近に見え、それがひどくおかしかった。

     だがしかし、こうしている間にも伏せた胸のあたりに雨水が染みこんでくる。これでは気に入っている深緑のダッフルコートが台無しだ。

     とはいえ、すでにこの雨で裏地まで濡れているのだが。

     むしろ今すべきなのは、この水深三センチの川から抜け出して立ち上がることだ。

     私はひとつ息を吐くと、腕を引き寄せ、胸の下まで持ってくる。そうやって、ゆっくり上半身を起こしていく。

     肘をついて起こした身体を片腕で支えつつ、杖をしっかりとつかむ。買い物袋は倒れた際に手を離してしまったらしく、少し離れた場所に落ちている。あとで拾おう、そう思いながらも水を吸った服は重く、なかなか思うようにはいかない。

     緩慢に動く自分の横を、水を蹴散らしながら誰かが駆け抜けて行った。おそらく私と同じように突然の雨に驚き、逃げこむ屋根を探しているのだろう。

     予想通り、その人は私が目指している地下鉄の入り口を駆け下りて行った。

     その光景に、私は小さく息を吐く。

     知らない誰かは軽やかに走って行った。

     対する私は未だにアスファルトの川の中。

     やれやれと自嘲気味に笑って立ち上がる行程を再開する。そう、自分にとって動くことは無意識にできる反応ではなく、準備と過程のいる、文字通り、作業だ。

     下手をすれば、立ち上がる頃には雨がやんでいるかもしれない。

     むしろ、やんでくれてからの方が色々とやりやすいのだが。

     叩きつけてくる雨は、それだけで障害になる。

     そんな後ろ向きな考えを持ち始めた私に、何者かが近づいてきた。

     いや、最初は雨の激しさに足音が消され、まったく気がつかなかった。

     それがわかったのは、視界に黒い靴が入った時。

     大きな靴だ。私と五センチは違うかもしれない。幅も太い。両手を入れてもあまりそうだ。

     そう思い、顔を上げようとした途端、地面から急速に身体が離れていった。

     あれ、と思う暇もなく、気づけば私は持ち上げられ、その場から移動していた。

     ゆっくりと上下に動く視界と、腰に回された太い腕。腹を押さえられているので少し息苦しい。それに、この格好ではまるで私は荷物か死体のようだ。

     自分でものん気だと思ったが、まさかこの百七十センチを越える身体を小荷物のように脇に抱えて移動できるような相手がいるとは思えなかったのだ。

     頭に疑問符を大量に浮かべている間に、相手はあっさりと地下鉄の入り口まで達した。そして屋根のある場所にやや粗っぽく私を下ろすと、再び雨の中に走り出したではないか。

     私も、座ったままではどうにもならないので屋根の支柱をつかんで立ち上がる。支えがあれば、立つことくらいはそう難しくはない。

     雨の中、私をここまで運んでくれた相手はというと、私が今まで倒れていた場所にしゃがみこみ、落とした杖や買い物袋を拾っていた。

     黒いフード付きコートの背中は予想通り大柄で、服地は今にもはちきれそうだ。

     落とした物品をすべて拾って立ち上がった身体も横幅に見合った長身で、私より頭ひとつ、いや、頭ひとつ半は大きいだろう。

     巨人はその巨躯に見合わない素早さで戻って来ると、私の荷物を足下に置き、そのまま無言で踵を返す。

     地下ではなく、雨の降る街路へ。


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