短編集第3弾。通りすがりの短編、5本入り!
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〇雪かきをしながら思う、「彼」のことや雪のこと。……『暖国に告ぐ』 ハラがたつ。
雷奈は雪にスコップを突きさした。
数日前からやってきた寒波のせいで、降り続く雪はすでに雷奈のひざまで積もっていた。
しかしそれ以上に雷奈がイラ立たせているのは、寒波と入れ違いでこの町を去った、転校生の彼である。どさどさと降り積もる雪が、まるで彼の最後っぺのように思える雷奈にとって、その雪を黙々と処理しなければならないことは、屈辱ですらあった。
雷奈はスコップで雪を掘り、投げる。雪を掘り、投げる。
屈辱でもなんでも、それでも、頭に浮かんでくるのは彼との日々のことだった。
(雷奈さん、そのまっすぐな黒髪、素敵だね)
(雷奈さんは率直で真摯だね)
ほんの半年前に転校してきたその男子は、雷奈の隣の席に座って、そう言った。
なんだこいつ、と思った雷奈の実際の姿といえば、中学二年になってもオシャレに疎く、髪は肩のあたりで切りっぱなしのままろくに手入れもしていない。そのうえ面白くもないのにニコニコするのは性に合わず、気持ちをくむような言い方もできないから、雷奈の印象はたいてい、不愛想のぶっきらぼう。そんなことは自分でもよく分かっているから、転校生のおべっかにもホドがある、と、雷奈は憤慨してみせたのだ。
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〇テルミン・午後三時は、探偵事務所の留守番である。……『D棟に謎はふりつむ』『世界にもう謎はない!』
とはいえ、D棟に謎は尽きない。
『ジョン・スミス・星照探偵事務所に何でもどうぞ!』
何でも、などとは、とうてい実情にそぐわない。
ラジオから流れ出る、安い宣伝文句と大げさな効果音が、ノイズまじりにジョン・スミス・星照探偵事務所内に響く。応接セットの固いソファに座り、ペンと学習ノートを抱えた一人の子どもが、緊張気味に口を開いた。
「……じゃあ、つぎのしつもんなんですけど、ええと」
テルミン・午後三時さん、と子どもは目の前の男をそう呼んだ。
「テルミンで結構」
テルミンはそう言って、ジューク・ラジオのつまみを回してボリュームを下げた。そして昔作らせたラジオCMはそろそろ潮時だな、と思案しながら、子どもたちが待つ応接セットに戻った。
テルミンの前には五、六人の子どもが鈴なりになってソファに収まり、互いにこづきあったり、笑いあったりして精一杯にかしこまっている。校外学習のために事務所にやってきた彼らに協力すべく、テルミンは胸もとのタイを締め直し、後ろにやった灰色の髪をなでつけて、向かいのソファに腰かけた。校外学習のテーマは「町の色々なお仕事を調べてみよう」。付近のスクールから年に数回、依頼される仕事である。
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〇運動会のリレーに寄せる、四人の気持ち。……『このあらし、ふき荒れよ』 台風になろうよ、とカオルコは言った。
四人で巻き起こそう、とコムギコが言った。
吹き飛ばすのね、とスミレコが言った。
そして残すんだ、とトネリコは言った。「この爪痕を」
第一走者・トネリコの表明
私トネリコは、このたびの運動会で行われるクラス対抗リレーにおいて、我が六年二組の代表として出場するべく、立候補することをここに表明いたします。ただいまの議事進行のなかで数名の推薦がなされましたが、皆さんに今一度、考えていただきたいのです。推薦を受けた彼らの反応がどうであったかを、思い出していただきたい。
「ええ~」(困惑)
「俺、組別のリレーにも出るのに」(負担)
「アタシ遅いよ?転ぶよ?」(責任回避の予防線)
「誰か代わってくれー!」(自分以上に速い者がいないことを認識した上での、過剰な演出)
私は、そのような消極的かつ曖昧な態度の者に出場を任せたくはありません。嫌ならきちんと言えばよいのです、「出たくない」と。その点、私ははっきりと申し上げることができます、「リレーに出たい」と。
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〇ダンナの遺した本を処分する。……『しおりがわり』 よく挟まっていたものだ、と思う。
鉛筆、ボールペン、定規、ちぎったチラシ、アイスの棒(はずれ)、アイスの棒(あたり)、訪問販売員の名刺、宗教の勧誘ブックレット、自動車メーカーからのダイレクトメール、十円玉に、五円玉。
それは亡くなったダンナの本から出て来た、しおりの代わりとして挟んでいた物の数々である。
私は、独りになってから少しずつダンナの遺品を整理していた。その大半を占めていたのが本だった。
と言っても、ダンナが特に読書家だったわけではない。単に、なかなか物が捨てられない貧乏性が高じ、たまりにたまった本たちがいくつもの本棚に入りきらないまま押し入れ数段分にまで及んでいたというだけである。
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〇連城カナミの、心の座標……『連城カナミの消失点』 連城カナミは高校生である。
「おい連城、この成績じゃあ第一志望はきびしいぞ」と、進路指導の教師が言う。
落ちこむ。
がんばっているのだが、なかなか結果が出なくて落ちこむ。
カナミはそんな高校生であるが、ネットゲームの中では優秀な魔法使いである。
家に帰り、パソコンの電源を入れ、いつもの世界にログインすれば、火炎攻撃はお手のもの。声をかけてパーティを組む者からも、たいてい、一目おかれるほどのレベル数。
しかし今日は、突然現れた強敵にレベルを1まで戻されてしまった。何の呪文も使えない。
「ちょっともう、パーティ外れてくれる?」
思いがけず初心者魔法使いに戻ってしまったものの、現実世界に戻れば、飼い犬の散歩にかけては達人のカナミである。
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こたつ読書の味変に。
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