「北海道に春はないと思う」
知人男性が二年前の六月にそうこぼしてきた。あまりにも長い冬を経て、夏へ向かうとき、季節は駆け足になる。たしかにそうだ。五月初旬まで雪の気配に怯えながら過ごし、ようやくその心配もなくなったかと思うと太陽がいっきに元気になるのだ。気温十八度に達すると半袖を着用し始める、この大地に住まう私たち。ともすれば冬の次は夏と考えてもいいくらいである。
けれど、春はわずかに存在する。緑がいっせいに芽吹き、山菜は順を追って食卓に並ぶ。フキノトウから始まったそれは、ワラビやウドを呼び込んで終わった。フキノトウは天ぷら、コゴミは油炒めやサラダやおひたしに大活躍し、ウドはたきこみご飯の主役になった。そしてワラビやフキは塩漬けにされ一年間食べられることだろう。
ソメイヨシノはないものの、サクラと名の付くものはあり、シバザクラが甘い匂いを解き放って蜂を誘う。鳥は餌台に姿を現さなくなる。ウサギは森を抜けて草原を跳びはね、農家は苗を植えつける。六月に霜が降りることもあるため油断ならないが、耕された農地も緑をまとった。とくに今年は六月中旬の早朝、零下を記録してしまい、かなりの痛手だったことだろう。苗が枯れてしまったという話も各所で聞いた。うちにある三畳ほどのちいさな畑でも、レタスは育たずバジルは黄色く枯れた。タマネギだけは耐え忍んで着実に成長しつつあるから、順調にいけば収穫も可能になるだろう。このまま頑張ってもらいたいところである。イチゴは強いから、心配せずとも一番元気にたくましく葉を広げつづけている。敵はカラスのみ。まだ色もつかない白いうちに食べられてしまったときは悲しみを通り越しておかしかった。カラスも私同様、待ちきれなかったのだろうか。食べ残しはなく枝だけが、ぴん、と残されていたので良しとしよう。彼あるいは彼女に勝てる日が来るのかはわからないが、まあ食べられなくてもそれはそれで。
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