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【現代】ティム・アンカーソンの弟

  • 有馬-11 (純文学)
  • てぃむ・あんかーそんのおとうと
  • 比恋乃
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 78ページ
  • 400円
  • https://www.pixiv.net/novel/s…
  • 父親が誘拐してきた少年と兄弟になろうとする、ティム。
    弟の世話をやきながら、いつか一緒に逃げだそうと約束する。
    その約束の日、父親を撃って家を飛び出した二人を、誘拐された少年の捜索をしていた警察官が発見する。
    ニューオーリンズを舞台にした、少年の夏。

    【以下冒頭】

     ニューオーリンズは夏の熱気にあふれていた。新米警官のケイト・マクウェルは、サングラスの向こうに見えるはりきりすぎた太陽を睨んだ。配属されて初めての事件が五年も未解決だったものだと知ったときは、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。警官という職業への憧れは遠い日に捨てたはずだったが、まだ心の奥深くに残りカスがあったらしい。まるで見放されたような事件の担当にされたマクウェルは、新米特有の大きなやる気がしぼんだのを感じた。それでも地道な捜査(といってもすでに事件発生当時にやりつくされたことをなぞるだけのようなそれ)のおかげか、こうして解決まであと一歩のところにきたわけである。
     マクウェルは初めての事件が解決を迎えることに対して、妙な高揚感をおぼえていた。焦りのようなものもあったかもしれない。車から降りると同時に、携帯していた銃を取り出し、構えた。全く不謹慎ながら彼は「今の自分はとても警官らしいことをしている」という興奮状態でもあった。
     港近くに停車した三台の車には、警官が二人ずつ乗っていた。マクウェルとペアを組んでいたのは、彼の教育係に任命されていたキャロル・レディントンだった。彼女は射撃の命中率で署内外から一目置かれている存在だ。マクウェルはわかりやすく彼女に憧れ、成果を報告しては褒められるのを全身で喜ぶ懐きぶりで、今や署内での名物となっている。
     車の反対側でサングラスを外したキャロルを視界の端に捉え、何故、と思う。こんなにもまぶしいのに。いくら命中率が抜群だろうと、まぶしさに目が眩んでは当たるものも当たらないだろうに。
     睨んでいた太陽から視線を下げれば、そこには二人の少年がいる。潮の匂いが漂い、湿気と汗が髪を顔にはりつかせていた。これこそがニューオーリンズだといわんばかりの夏だった。グリップを握る手にも汗が絶え間なく、すべらないよう変な力がはいる。キャロルもそうなのだろうかと考える暇はない。今は目の前の少年たちに集中しなければ。
    「銃をこちらへ!」
     キャロルがよく通る声で彼らに話しかけた。話しかけたというよりも、それは命令に近かった。
     銃を持った年上の少年も、彼に手を引かれている年下の少年も、二人そろって怯えた目をしている。マクウェルの予想とは全く違った反応であった。妄想の中では小さな彼は人質のはずで、大きな彼は少年を乱暴に扱っていなければならなかった。それなのに、なんだあれは。まるで弟をかばう兄のようじゃないか。そしてさしずめ自分たちは、彼らを引き離そうとする悪い大人のようだ。
     この場で指揮を執っているキャロルの呼びかけに素早く首を振って
    「あと少し待ってくれたって!」
     銃を持つ少年は叫ぶ。
     マクウェルは、いつだってキャロルにいいところを見せたがった。自分は役に立つのだと思ってほしかった。自分の妄想とかけ離れた二人の姿に、いつだかキャロルに言われた「同情だけじゃやってられないのよ」という言葉を思い出していた。そうだ。ためらっても、とまどってもいけない。もうすぐ解決するのだ。この五年にわたる誘拐事件が。
    「待ちなさい!」
     キャロルの声に、弾かれたように発砲していた。背を向けて走り出そうとする少年と、こちらを丸い大きな瞳で射抜く少年がいた。ケイト・マクウェルの、正式配属されてから初めての発砲だった。
    「エルマー!」
     その悲痛な叫び、銃身の延長に見える驚きの表情、ついで今にも人を殺しそうな彼の目、自分に向けられた銃口の黒い空洞を一生涯忘れることはできないだろう。
     再び銃声が鳴り響く。音の発信源はキャロルで、その後二人の少年の元へ駆け寄る他の警官を、彼はただ呆然と見守るしかできなかった。銃は、構えたままだった。

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