「今夜の月は、良い塩梅だな」
突然、頭上から降ってきた声に、眠気が吹き飛ぶ。
「音楽があれば、向こうの川沿いにいる奴らに会いに行けるんだがな」
続く声に、用心深く辺りを見回す。イオタの視界に映るのは、月に柔らかく照らされた、どこまでも平らな、草の短い大地のみ。夢か、幻聴か。息を吐くと、イオタは、身を隠す物の無い草原でようやく見つけたずんぐりとした岩の影に再び凭れ掛かった。
「やはり、無理か」
だが。再び頭上から響いてきた深い声に、一瞬で岩から身を離す。まさかとは、思うが。ゆっくりと上を向くと、ずんぐりとした岩が僅かに微笑んだように、見えた。
「楽器、持ってるか?」
僅かな岩の震えに、小さな唸り声を返す。この世界を彷徨う定めを持つイオタだが、音楽は、自分の身過ぎの中には無い。……いや。手近の、まだ生えたばかりの草を千切り取ると、イオタはその柔らかい色を口に当てた。
唇を上手く震わせることで、小さな響きが生まれる。
その響きに節と高低を付けると、生まれたての小さな音楽に合わせるかのように、ずんぐりした岩も小さく震え始めた。
「さあ、行こう!」
ずんぐりとした岩が指し示す、草原を流れる小川がある方向へと、草笛を吹き鳴らしながら歩を進める。イオタが歩む後ろを、ずんぐりとした岩がその巨体を左右に振りながら動いている、その気配を、イオタは震えと共に感じていた。
どのくらい、歩いただろうか。
ふと顔を上げると、草原を横切る川の岸に並ぶ細長い石の列が、イオタの視界に入った。
ここが、この岩が行きたがっていた場所。ずんぐりした岩の方を振り返って頷くと同時に、細い川が奏でる微かなせせらぎが、イオタが吹く草笛の音に混ざる。次の瞬間、後ろの岩と同じようにその身を左右に揺らし始めた細身の石達に、イオタの草笛は止まった。
「どうした?」
イオタの横をすり抜け、細い石達の方へと向かっていたずんぐりとした岩が、イオタを見下ろして不満そうに鼻を鳴らす。
「うん」
その岩に頷きを返すと、イオタはもう一度、手近の柔らかい草を摘み取って口に当てた。
今度の草笛は、先程までの草笛よりも明るい音を奏でる。
その草笛と、川のせせらぎに合わせて踊るずんぐりとした岩と細長い石達を、イオタは草笛を奏でながら見守った。
不意に、辺りが明るくなる。
いつの間に、眠っていた? 目を擦りながら、イオタは凭れていたずんぐりとした岩から身を離した。
腕を伸ばして欠伸をしながら、辺りを確かめる。ずんぐりとした岩の周りに、細身の石達が並んでいる。
岩、動いちゃったけど、大丈夫かな? 柔らかな草原に動くものの気配が無いことを確認してから、イオタは小さく口の端を上げた。それは、イオタが心配しなくても良いこと。
「じゃ、僕はもう行くね」
立ち上がり、眠っているように見える岩に手を上げて挨拶する。
何も喋らないずんぐりとした岩は、それでも、挨拶を返したように、イオタには見えた。
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