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【伝奇】海力乱心【幻想小説】

  • 道後-10 (恋愛)
  • かいりきらんしん
  • 一福千遥
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 76ページ
  • 400円
  • 2018/7/10(火)発行
  • 【紹介】

    海を背景に紡がれる、中華・和・西洋風味の3つの物語。

     ひとは海に何を思い、何を映し出すのか── 

    ドタバタコミカル、凄艶なアダルト風味、ほんの少しの成長物語と、雰囲気は物語ごとにそれぞれ異なります。

     全体的なイメージは、油彩画に近い仕上がりになっています。


    ※テキレボEX2内企画『水のささやき』「還る水」にて参加の作品です。


    【収録作品とあらすじ】

     『海量金魚』

     夕刻の港街、賀清透と林大嘉は久方ぶりの再会に胸を躍らせていた。ふたりの間には、 雨上がりの空を思わせる盃ふたつ。 注がれる酒に想い馳せ、酒なす波を乗り越え遊ぶことを夢見つつ、酔いに身を浸す清透と大嘉。 その足下にある海で起こりつつある椿事を、ふたりは知るよしもなく……

     

      『波頭の月』

     今にもくずれそうな港街に足を踏み入れた「私」は、海に迫り出した曖昧宿の客となりだらだらと居続けている。とある夜、窓を開け放ち、海風をいれながらの寝物語で、 たったひとり宿にいる女から聞いた話とは……?

     

      『泪の海』

     兄の勧めで故郷から遠く離れた、全寮制の中等教育機関に進学したマルコ・フィルン。 しかし、そこにどうしても馴染めない、と思った彼はある夜、家出を決行する。 空と海に挟まれた、誰もいない駅に辿り着いたマルコだが、眼前に広がり続ける海から 一隻のゴンドラが近づいてきて──

     

     

     

    【冒頭試し読み】

     『海量金魚』

     夕刻を告げる楼台の鼓音に、寄せ返しの波が和す。牡丹の季節は過ぎたとはいえ、 梅雨には未だ間のある時分、足繁き往来に海渡りの風が吹く港町を、せかせか走る青年の姿があった。  

     年の頃は三十を一つ二つ過ぎた頃か、人の良さそうなくりっとした円い眼に、形くずれのしていな い唇。そう悪くはない面差しにきちんとした身なりとくれば、巷間ではまず好青年として通るだろう。 緩む隙ない巾子で結い上げた黒髪と好対照を成す、ゆるやかな袂と裾を潮の香満ちた風にはためかせ、 彼は一目散に駆けていく。

     そのさまに路にたむろする女たちはあら、と言いたげな視線を向け──袂の緑色に慌てて目を背けた。

     「お役人さんが馬にも乗らず、供も着けず、あんなにせかせか駆けってくなんて」

    「悪銭身につかずなんて、捕り物でも始まろうってのかしら」

      極端な吉凶どちらにも傾かず、特筆すべき事件も出来することないこの小さな港街に、果たして これから如何な騒ぎが巻き起ころうというのか。  怯えと不安と、幾許かの野次馬根性に彩られたひそひそ声を知るよしもなく、青年が目指すは、街 の端とも港の際とも言える場所に立つ、しずかな酒楼であった。

     

     

    『波頭の月』

     「おおきく波打つ海のずうっと向こうにさ、ぽかんと浮かぶ月って見たことある?」

     女の気怠げな声に、私は無造作に投げ出していた身をそちらに向けた。ざわけた細波めいて縒れた 敷布の上、女は私を見てにっこり笑っている。下がった目尻に、とろんとした影のかかる黒い目に、 八重咲きの花めいてあつい唇。肉置きのゆたかな身体の魅惑的な曲線、水気の多い触感をつたえくる 肌を見つめていれば、そのくずれた姿態に、雄としてためらいなく手を伸ばしたくなる。

     ──現にそうしたら、女はやわらかく私の手の甲を抓って制した。

     「ひとの話、聞いてる?」

     手合わせ一合の後、少しばかりの話をする余裕もないの? と女にせせら笑われた気がして、私は いささかむっとしつつ口を開く。

     「波向こうって……あの海の、か?」

     女の身体が描く稜線の向こうには、開け放たれた引き窓と、しんしんと濃い紺藍色が広がっている。 ざ、ざざ、と砂洗う波音と、海岸沿いのしょぼくれた松を揺らす風とがたまに聞こえなければ、硝子窓の向こうが海とは気づかぬであろう。それほど静かな海が大波となるなどとても信じられず、問い 返しの声はかすれて上擦った。

     

     

    『泪の海』

     (……ここは?)  汽車が止まった気配に目を覚まし、プラットホームに降り立とうとしたマルコ・フィルンの琥珀色 の目に、一面の青が映る。雲ひとつない青空に、駅から十数歩で辿り着けそうな、おだやかな蒼海。 きちんと整えられた、まっすぐな茶色の髪をふわりとくすぐる風には、たしかに潮の香が含まれていた。 だが、その色合いはペンキをのたくたと塗りたくっただけのよう、としかマルコには見えない。

     「どこまで来ちゃったんだろ……」

     平板に過ぎる青のなか、マルコの小柄で華奢な身が細い影をぽつねんと投げかける。そこから視線 をはずし、マルコは辺りを見回すが、駅員の姿はない。

    「僕はただ……あの学校にも、寮にもいたくなかっただけなんだ。子守唄みたいなやさしい波の音も 聞こえない、海からのすずしい風も届かない森に囲まれた、エコール・ド・フォレ──」

      弓なりの睫毛が、ぱさりと音を立てる。何度も繰り返す瞬きを、夜明け前までいた場所と、今、自 分が立つ場所とを隔てるシャッターさながらにマルコは繰り返した。


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