台風接近のため、開催は中止となりました。詳しくはText-Revolutions準備会のページをご参照ください。
外に出ると、やわらかな霧雨があたりに立ちこめていた。妻は近くの森にまで花の朝摘みに出かけたようで、庭にその姿はなかった。腫れた足を庇いながら、少年時代、よく彼女に連れられて赴いた森への道のりをたどる。ヘルマンは屋敷の外に出たがらなかったから、道中でよみがえる思い出は妻のものばかりだった。
けぶる雨が、木々の緑を濃やかに染めていた。雲間からはわずかな陽が射していて、低木にかかる霧はぼんやりとした乳白色に光っている。森林に入ってぬかるむ道をわずかに進んだところで、野いばらの茂みがあった。その前に屈み込む女の背後に、エッカルトは立った。
「風邪を引くよ」
外套を広げて妻の肩を抱き寄せると、エッカルトは寄り添って彼女の横に屈んだ。
結い上げた髪型も雨に崩れ、赤い横毛がだらりと肩を落ちている。茂みの花を注視する血の気のない顔を一瞥し、何を言うべきかと思いを巡らせた。
「昔はよく木苺を摘んだものだけど。覚えてる? 僕が食べ過ぎてお腹を壊したの。ひどいもので、君は腹を抱えて笑ってた」
マルゴットは濡れそぼった髪を掻き上げながら、ゆっくりと頷いた。
「覚えているわ。わたしが木から落ちたとき、あなたはこの世の終わりみたいな顔をしていたことも。あれはほんとうに情けない顔だった」
「君を助けようと下敷きになったから」
「そうね。今はあまり変わりがないけど、あのときは私のほうが背が高かったもの。押し潰しちゃったんだったわね……」
棘に傷ついた指先を噛み、抑揚に欠けた声で妻は喋った。
そしてふと、青く澄んだ目が男を見た。雨粒か、涙か、赤い睫毛は濡れて重たげに震えていた。
「あの頃は、叔母様に男という生きものについて散々愚痴を聞かされたものだけど。ふしぎと自分については心配していなかった。あなたは臆病で、内気で、けれども優しい人だったから。そして実際に、わたしの期待をあなたは長年破らなかったわ」
「……マルゴット」
「叔母様は私が嫌いだったみたい。昔からよく言われたわ、お前は女として足りない、って。わたしも叔母様が嫌いだったから、そう言われるのが誇らしかった。けれどもここで生活していくためには、ほんとうに『足りなかった』のかもしれない……」
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