台風接近のため、開催は中止となりました。詳しくはText-Revolutions準備会のページをご参照ください。
明くる夜、サシュはトラックの荷台の奥、錆びた鏡台を前に行儀よく座っていた。未成熟の少年らしい白く痩せぎすの背中に、湾曲した背骨のふくらみが隆起している。彼はショッキング・ピンクのチュチュを履き、なめした豚革の白いコルセットで腹部を絞めつけ、白いタイツ、いつもと同じトゥ・シューズといういでたちだった。曇った鏡にぴったりと顔を寄せ、年相応のみずみずしい肌に白粉を叩きこむ最中である。
蒼ざめたまぶたに孔雀色の粉を乗せ、濃茶色のアイラインを引く。赤いリップを、皮がすり切れるくらい唇に塗りこめた。ピンクベージュの粉で頬を染め、乾燥しきった髪をオイルで揉み、首には残り少ない香水を振った。そして眼前に映し出された顔を―サシュは食い入るようにみつめる。
まったく奇妙なことに、そこには生前のヴラドと瓜二つの顔がある。
サシュは美貌の持ち主ではない。凡庸で、印象に残らない顔立ちをしている。しかしひとたび化粧をしてみれば、その面立ちはぞっとするほど父親に似てしまうのだった。そして父親の顔になると、生来の暗愚が嘘のように溌剌として、よく口の回る―表情豊かな少年に様変わりするのだった。
たくさんの飴が入った籠をひっつかみ、サシュはがらんとしたトラックを飛び降りた。子ウサギが跳ねるように軽やかに、踊るように砂浜への道を駈け下りる。眼下に広がる夜の海辺には無数の人影があった。内側からオレンジの明かりを灯した天幕があり、砂の上に置いたカンテラの光がそこに至る長い道を築く。人の行列に飛び込むと、真珠色の歯を覗かせて、サシュは誰に対しても明るく、そしてすこしだけ婀娜(あだ)っぽく笑いかけた。彼の抱えた小さな籠のなかには色とりどりの飴菓子がある。ショーを待つ人々、鑑賞をし終えた人々にそれらを売るのが―「食い扶持(ぶち)稼ぎ」のひとつ。
飴菓子は相場よりも高価だが籤(くじ)つきで、当たると天幕のなかでいろいろな物品と交換することができた。異国製のディルドであるとか、ロマの作った惚れ薬であるとか、大抵は質も趣味も悪い代物で、それが客に好評だった。子どもたちがこぞって手を伸ばしてくるのに、サシュは手際よく金銭と飴を交換して、客の呼び声に答えてはくるくると人の間を歩き回った。ふんわりとしたチュチュの裾を揺らし、下卑た言葉をかけられては頬を赤らめて笑う。そして求められれば、恥ずかしげもなく見知らぬ男女にキスをした。
「君を買う飴は?」
サシュは悪戯っぽく微笑む。「このチュチュと同じ色」
そう囁いて、籠の底に手を入れる。
(『Eureka』より一部抜粋)
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