こちらのアイテムは2019/10/12(土)開催・第9回 Text-Revolutions(中止)にて入手できます。
くわしくは第9回 Text-Revolutions(中止)公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

台風接近のため、開催は中止となりました。詳しくはText-Revolutions準備会のページをご参照ください。

【代行非対応】黒渦〜CLOSE〜

  • B-16 (ハイファンタジー)
  • くろうず
  • 天海六花
  • 書籍|新書判
  • 146ページ
  • 700円
  • 2014/12/28(日)発行
  • 大正浪漫混沌系ファンタジー。
    時は大正時代。
    モダンな珈琲茶館に一人の少女が働いている。
    彼女と女主人、無口な少年が不気味で混沌とした事件に手を染めていく。
    「黒く渦巻く刻は永遠に刻まれる」

    【ゴブガリ企画参加作品】

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     鋭利なもので掻き切られた喉から、ひゅうひゅうと空気が漏れている。血だまりの中から苦しげに呻き、自らの運命を受け入れようとせず、救済を請い、求める。
    「助け、て……タスケテ……お願、イ……」
     手に付着した“血液の汚れ”だけを執拗に気にして、彼は足元に横たわる者の声など聞いてもいない。まるで耳に入っていない、彼の意識下ではそんな者は存在していないかのようだった。

      そんな彼のすぐ傍で、彼女は興味津々といった様子で、その者を見つめている。
     「ふぅん……助けてほしいの? 命が惜しいの? でもあなたを助ける価値、無いわよね? だってあなたは“汚れて”いるんだもの。“キタナイ”の」
     「助けて……助け……」
      自らの体内から溢れ出した血だまりの中から、懸命に救済を懇願するその者は、血に塗れた手を伸ばす。
     「ふふっ。どうする? この子、助けてほしいんだって」
      彼女は彼に妖艶な笑みを向ける。彼は彼女に促され、初めて表情を変化させた。
      感情表現の乏しい彼の見せた初めての感情──疑問。あるいは、不審。
      彼は彼女の問い掛けを無視し、再び手に付着した汚れだけを気にし始めた。そちらの方が重要であるかのように。
     「あら、残念。この子も、あなたを“汚れてる”って言ってるわ。汚いモノはいらないの。あなただって、汚いモノより綺麗なモノの方がいいでしょう?」
     「ううっ……お願い、だから……タス、ケテ……」
      彼女はその者の傍にしゃがみ込み、二本の指で摘まむように前髪を持ち上げる。縺れた髪の隙間から、ほんの僅かに輪郭が覗く。
      珠のような綺麗な若々しい肌に張り付く髪。その者はまだ若いという事実を如実に表していた。
     「どうして“それ”に触るの?」
      今まで何事にも無関心だった彼が、抑揚のない声音で短く彼女に問い掛ける。まるで彼女が触れてはいけないものを触れたかのように、責めるような口調にも聞き取れた。
     「助けてほしいの? 命が惜しいの? でもあなたを助ける価値、無いわよね? だってあなたは〝ヨゴレテ〟いるんだもの。“キタナイ”の」
      彼女は彼の簡素な問い掛けを無視し、先ほどと一言一句違(たが)わない、全く同じ言葉を口にした。彼の眉が小さく動く。自分の言葉を無視された事に立腹しているような、ほんの僅かな感情の変化だった。
     「助けてほしいの? 命が惜しいの? じゃあどうやって綺麗になるの?」
      彼女は無邪気な声音でその者に問い掛ける。執拗に、何度も何度もくり返す。その者にはもう、返事をする力も残っていないというのに。

      先に飽きたのは彼の方だった。
     「もういい、帰ろう」
      さきほどから気にしていた汚れた手で、彼は彼女の袖を掴み、引っ張る。汚れが彼女の服にも付着したが、彼女は気にせず、足元の者の顔を見ようと、縺れた髪を無邪気な様子で持ち上げている。
      帰りを促す彼の要望など聞きもしていない。自分の感情だけで動いていた。
     「帰ろう」
      もう一度、彼が彼女を促す。眼鏡の奥の双眸が、きょろりと彼の方へと向く。ようやく彼女の耳にも彼の声が届いたらしい。
     「……そうね。飽きちゃった」
      彼女はクスクス笑いながら立ち上がり、袖の汚れも、血だまりの中の者も、何一切の興味を失ったかのごとく歩き出す。キビキビとした迷いのない足取りは、今まで血まみれの者を弄んでいたとは思えぬようだった。
      そしてその後に続いて、彼も立ち去った。

     「助け、て……誰、か……」
      血だまりの中の者は誰にともなく、救いを請い求める。誰もいなくなった部屋で、ただひたすらに助けを求めていた。
     意識は朦朧となり、視力はとうに失った。けれども助けを求め続けた。もう、〝声〟にならない音で。
      命の灯火が燃え尽きる、その間際。
      足音もなく、その者に近付く影があった。
     「……そんなに生きる事に執着するなら、助けてもいいよ。だって“あれ”はもう終わりだから」
     「……タス……ケ……テ……」
     「うん。助けてあげる。でもその汚れた手で触らないで。汚れたくないから」
      ククッと小さく笑い、血が通っていないようにも見える血色の悪い白い手が、その者の口元へと“何か”を近付けた。
     「これを喰(は)んで。そうしたら助かる」
      その手の隙間から、白い靄のような物がチラリと見え隠れしていたが、それが何なのか、確かめる術(すべ)はなかった。

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