美優が手に入れたのは、人の記憶を消すことができるという消しゴム。彼氏と喧嘩をするたびに、その消しゴムを使うのだけど……。恋愛モノです。
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消えてください
「もういい、別れる」
言い捨てて立ち去る彼氏・宮原悠司を、小山美優は茫然と見送った。
たった十分の遅刻が別れになるなんて信じられない。時間がたてば、悠司の気も鎮まって考え直してくれるだろうか……。
日曜日。LINEで呼ばれ、電車を三回も乗り継いで駆け付けた知らない街。駅はどっちだっただろうかと、スマホで位置確認をしながら帰る。
涙が出てくる。何がいけなかったんだろう。悠司から連絡を貰って、慌ててシャワーを浴びて髪を巻いて。そうだ、髪を巻かなければ良かった。慣れないことはするもんじゃない。
泣いてヒドイ顔になっているに違いない。通りがかりのショウウィンドウを覗きこむ。薄暗い店内がうっすらと透けて見えた。小物の店だろうか……
「よく見えないなぁ……」
マスカラが流れている気がするけど……
「いらっしゃい」
後ろから声をかけられて、美優は「きゃっ」と声をあげて振り返った。
カーキ色のエプロンを付けたおじさんが、箒とチリトリを持って立っていた。口ひげにメガネで、にこにこしている。
「ごめんね、お店留守にして。あんまりお客が来ないから、前の道を掃除してて」
客じゃありません……と言い辛くて。美優は「はぁ」と返事をし、おじさんに促されるまま店に入ってしまった。
おじさんは店の電気を点ける。
「本当に客がいなくて。商売って難しいね」
ウッディ調の棚に、オーナメントが並んでいる。小鳥とかお花とか、人形とか……。
「消しゴムとは思えないでしょ、可愛くて」
「え、消しゴム?」
言われなければ判らないくらい、よく出来ている。
「字も消せるよ」
おじさんは消しゴムの魅力に取り憑かれて消しゴム屋を開いたが、客がさっぱり来ないのだという。
なんだか可哀そうになって、一個くらい買おうかと値札を見るが。綺麗だなと思うものは千円以上する。たかが消しゴムにそんなお金は払えない。一人暮らしの事務員の生活はカツカツだ。
ふと、五百円の値札のついたハート形の消しゴムが目に入る。立体的で、可愛らしいコーラルピンクのハート。大きさは五百円玉くらい。安くはないけど、出せない金額じゃない。
「それ、気に入った?」
おじさんは美優の目線の先に気付く。
「ただの消しゴムじゃないんだよ。実は、写真をこすると相手の中の自分にまつわる記憶を消す消しゴムだ」
変なことを言い出した。