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双絃歌

  • A-46 (恋愛)
  • そうげんか
  • 一福千遥
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 39ページ
  • 400円
  • 2017/4/28(金)発行
  • 【あらすじ】

    古箏の弾き手、鴻緑生は悩んでいた。何故、酒場では春眠暁を覚え損ねているような琴の奏者、西頌瑛のほうがウケが良いのだろうと。工匠達との会話の中、師について研鑽を重ねた経験の薄さに気づいた緑生は、街を訪れた樵から、山中で耳にした三魂七魄を洗い浄める琴の達人の話を聞き、師事しようと旅に出たのだが──



    【お試しに冒頭部分を約千字】

     今宵も燈火のもと、琴瑟、箏笛の音は響く。

     されどその韻律を整え、旋律を編むは――

     

     日が傾くより前に、褪せた猩紅の格子には早くも新たな酒の匂いが染み込む。煤けた柿子橙の灯に照らされる熱も厭わず、鴻(こう)緑生(りょくせい)は懸命に古箏をかき鳴らしていた。年の頃二十、ゆたかな黒髪をひとつに束ね、眦もきりりと清しく張っている。身の丈は中背ながら、身奥には春盛りの若さがはち切れそうに満ちていた。しかしその紅がかった頬には、もうそろそろ脱ぎ捨てても良さそうなはずの少年の青臭さが、まだ色濃くとどまっている。そんな緑生が眉間にきつい縦皺を刻み、唇をきりりと弾き結びながら、生硬い弦を爪弾き出ずる、古箏の音は――

    「おいおい哥(アン)ちゃん、酒場で仏頂面してそんな厳めしい曲弾くなよ!」

    「そうだそうだ! これからキレイな姐妓を口説きに行こうってときに、そんな曲聞かされちまっちゃ、きりきり襟を正してご挨拶、しかできなくなっちまう!」

    「もっとこう、オンナをイイ気分にさせる歌でも弾いてくれよ! ちょいと頑張ればオレでも覚えられて、うまいこと実戦で使えるのをさぁ!」

     気立てはいいが、それ以上に気性も荒い工匠たちに野次られる始末。

    ……いや、それだけならいつもの話の範疇で、まだ耐えられた。

    「己を大きく見せたいだけの豎子は、いったい何時になったら大人になるやら」

     彼らの首根っこを掴む、工匠街の親玉にあたる壮年の男がやれやれ、と盃をあおりながら吐き捨てた言葉に、緑生は弦を弾く手を止めてしまった。

    「貴様等のような酔っぱらいどもは、星霜に耐え今世に伝わる古箏の典雅な音、麗しき曲を世に残すための偉大な先人たちの苦労を、一度たりとも考えたことがあるのか! 古箏に触れたそのときより、弾き伝える一端を担うことを誓ったこの俺が弾くものを――そこいらの妓館で劣情を煽るためだけに、ちょこんと爪弾く程度の愚物と一緒にするな!」

     固めた拳骨で左の掌を打ち鳴らして威嚇する緑生に、売られた喧嘩は買うのが筋と、若い工匠たちがごつい肩をいからせ――たところで。

    「こらっ! あんたらもういいかげんにしな! これでいったい何度――いや、何十回目だと思ってんのッ!」

     女将が勢いよくぶちまけた、桶の水。飛沫を撒き散らし、辺り一面に降り注いだ冷たい春の水に、緑生も工匠たちも等しくずぶ濡れになっていた。



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