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花刻の想

  • A-46 (恋愛)
  • かどきのおもい
  • 一福千遥
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 44ページ
  • 400円
  • 2017/4/25(火)発行
  • 【あらすじ】

    若い身の置き所も分からぬままに遊所通いに耽溺する「私」が、雨宿りを縁に知り合った老人の片瀬氏。桜の花片がはらはら降るとある日の午後、縁側で茶をはさみ、桜が揺り動かした想いのままに片瀬氏が「私」に語り聞かせたのは、遠い昔の青くせつない、しかしそれゆえに忘れがたい恋物語だった。


    【お試しに冒頭部分を約千字】

    「造花の話をしましょうか」

     桜がほろほろと散る午後、縁側で片瀬氏はそう口火を切った。路地ひとつ隔てた川縁は今、薄紅の花が盛り過ぎの頃合い。ゆく春を今更惜しむ花見でもしているのか、お囃子やいささか調子はずれの歌声が響いてくる。だが次の瞬間、喧噪は隔てを置かされるように、はらりと舞う花片に吸い取られていた。

    「……造花、ですか」

     思い返せば如月の頃、賑わう巷と裏腹の静けさ漂うこの家の軒先を、通り雨をやり過ごそうと借りたが縁の発端、家主である片瀬氏との交誼がはじまった。それからふた月ぼど経つが、茶を仲立ちとしつつも、三往復もすれば実のなくなる他愛ない世間話程度の会話しか交わしたことはない。けれども先刻耳にした声音は、これまでとはあきらかに異なる気配を感じて、思わず私は身じろいだ。

    「若い方に、年寄りの昔語りは時間泥棒にも等しいことは承知しています。ですが……この陋屋まで風に乗り届く桜が、今年はあんまり綺麗で」

     そう言い、片瀬氏は私に微笑みかけてくる。還暦は過ぎたであろうに、まだ背筋もしゃんとした、ほっそりとした風体は品良く年を重ねたひとならでは、と思わせる。けれど今、私が直面している彼の微笑みは、長き年月、胸底に秘め隠し続けてきたものについて語ることを赦されたひとの、安堵の笑みとも映った。

     長く見るのも失礼な気がして、私は手入れの行き届いた、ちいさな庭へと目を向ける。若葉へとふりかかる桜の花片には、春盛りの水気をまとう気配がある。確かにこの時期、桜が綺麗は綺麗だけれど――とはいえ、思惟も言葉も続かぬ沈黙を持て余した私は片瀬氏の横顔へと顔を向け、その肩越しに、床の間に活けられた花のあることに気づいた。澄んだ水に空の薄青を溶かし込んだかのような、淡い色の小ぶりな花瓶へと投げかけられている一枝は、まさに桜。

    「ああ、それは造花ですよ」

     私の視線に気づいた片瀬氏が、かるく首を振る。しかし遠目には、縁側に舞い散る桜と大差ありませんね、と告げれば、彼はひどくやさしく、曖昧な笑みを浮かべた。

    「今時の造花はだいぶ精巧に作られていますから、ぱっと見には区別が付きにくくなってはいるような気がします。それでも私は、花は花、造花はしょせん造花、その隔てはけして越えられない――かなしそうに、そう呟いていたひとを思い出してしまうのです。

     どれほど歳月が経とうと、けして忘れられない、そのひとのことを」


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