白薔薇亭から少し離れた村はずれにそのコテージはあった。上品な老婦人が一人で住んでいた。そこにリース家の子供が寄るようになったのは、ただの偶然。友達になった小学生の家の帰り道にあたるからだった。
「こんにちはー」
そう声かけて通り過ぎるのが日常だった。その日はいつもの老婦人の姿がなかった。ふと気になって悪いとは思ったが、庭からその家の敷地内に入り込んでみた。テラスから見るとその老婦人はチェロをいつでも弾けるようにセッティングして、その前で微笑んでいた。チェロを弾く人が座る椅子の横にはウィスキーのオンザロック。でも、その椅子には誰もいなかった。老婦人と目があった。
「あら」
いつも思っていたが、この老婦人は生母のセシリーによく似ている。
「ごめんなさい、いつもの庭にいらっしゃらないから気になって」
「懐かしい訛りね、時間移民なのね、あなたも」
「はい、奥様はいつごろですか」
「十五世紀よ」
「では、その当時の話し方にしましょうか」
「あらまあ…主人の命日にあの人から来たのかしら、素敵な言伝だわ、あの人ったら」
「ああ、ご命日…」
「ええ、こっちに来てから亡くなったのが今日なのよ。向こうでも夫婦だったの」
「向こうで、でも…奥様、貴族の出身ですね」
「わかるの」
「はい」
「でもここでは…ただのおばあさんよ」
「あの」
「ただのおばあさんとして接してね」
「はい…チェロはご主人の趣味だったんですか」
「そうよ、下手くそなくせにね…」
「触っていいですか」
「チェロに、かしら」
「はい」
「いいわよ」
ボーンと弦を鳴らす。
「はい、弓」
老婦人は弓を渡してきた。
「僕、弾けませんけど」
「機械の唸り声になってもいいわ、弓から出る音が聞きたいの」
「じゃやってみます」
夫だった人が座るはずの椅子に座って、見様見真似で、弓をあてがって引っ張ってみた。不思議と音が出ていた、チェロならではの、音が。
「あらあら不思議ね」
「ご主人に申し訳ないから、その」
「いいのよ、あなたは似ているの、娘の夫に」
「娘さんの…」
「あの子は何人子供を産んだことかしら…。調べればわかることだけれど、知りたくなかったのよね…」