初めから叶うはずのない恋だったし、相手にされないのも分かってた。
けれでも私は、本気で恋をしていた。
寺島桃子は、8歳にして自分の叔父「京兄ぃ」に恋をする。
幼い桃子は、京兄ぃとふれあいながらすくすくと成長し、やがてひとつの夢を見つけるのだった。
夢を叶えるという事とは、どういう事なのか。そして、許されない恋の行方は……
ちょっぴり切ない青春初恋物語。
【冒頭】
京兄ぃ
私が生まれたとき、京兄ぃは一七歳だった。姪が誕生したわけだからこの日を境に京兄ぃは「おじさん」となったわけなのだけど、私に「おじさん」とは呼ばせたくなくて「京兄ぃ」と名乗ることにしたらしい。京兄ぃは私の事をとても可愛がってくれてたみたいだけど、赤ん坊だったその頃の記憶は残念ながら私の記憶には無い。ひょっとすると、お風呂やおむつのお世話もしてもらった事があるのだろうかと考えると赤面してしまうが、一方で当時の自分を羨ましくも思う。
記憶にある最初の京兄ぃの思い出は、私が8歳くらいの頃だったと思う。京兄ぃは高校を卒業するとすぐに東京の芸術大学へと進学し、卒業後もそのまま東京で暮らしていて、正月やお盆にも顔を見たことがなかった。だから、お父さんから「京兄ぃが帰ってくるぞ」と言われても良く分からなかった。おじいちゃんの身体の具合が良くないので、少しの間だけ実家であるおばあちゃんの家に帰省するとの事だったけど、当時の私は何だかよく分からないまま、父と一緒に高崎駅まで京兄ぃを迎えに行ったのを覚えている。父の弟だという話なので、年齢的にもおじさんだろうと思っていたけど改札から出てきた京兄ぃは当時まだ二十五才で、駆け出しの画家だった。父に向かって手を振る姿はおじさんと言うにはまだ若々しい。私の姿をみつけるやいなや「桃ちゃん!」と言って抱き抱えてくれた。
「誰ー!?」
私は抱き抱えられたまま、目を丸くして驚いた。
「忘れたの? 京兄ぃだよ! 赤ん坊の頃あんなに遊んでやったのに……」
と、京兄ぃはふてくされたが、
「そんなの覚えてないよ!」
と私が抗議すると、
「そりゃそうか」
と笑った。
「お前がずっと帰ってこないから悪いんだぞ」
と、父は京兄ぃに説教していたけど、おばあちゃんの家に行くまでの間、一緒に歩きながら京兄ぃはまだ小さい私と沢山話しをしてくれて、私はすぐに京兄ぃが大好きになった。
私は、時間があるとすぐにおばあちゃんの家に行き、京兄ぃに会いに行って、沢山遊んでもらった。
「ばあちゃんには内緒な」
と言って、京兄ぃは庭に咲いていた桃の花の枝を少しだけ折って渡してくれた。
「桃ちゃんと同じ名前の花だよ」
「うん! 知ってる! 桃の花って言うんだよね」
私は嬉しくて桃の枝を片手に持ちながら歌を歌った。
「へえ! 歌が上手だね」
と京兄ぃが誉めてくれるので、私は上機嫌になって沢山歌を歌った。歌っていると
「桃子! またここにいたのか!」
と、父がやってくる。
「今ね、京兄ぃに歌を歌ってあげてたの」
「桃ちゃん、歌が上手なんだよ」
と言いながら、京兄ぃは何やら手を動かしていた。
「お前、何やってんの?」
「桃子の絵」
「桃子の!?」
話を聞きつけて私は京兄ぃの元へと走り寄った。京兄ぃはスケッチブックに私の絵を描いていた。すぐに描き終えると、そのページを破り取って私に渡す。
「はい、歌のお礼」
「わあ!」
スケッチブックの中で、私が楽しそうに笑っている。私は嬉しくなって飛び跳ねた。
「有り難う!!」
そんな私を微笑ましく見つめていた京兄ぃに向かって、父はこんな事を言っていた。
「お前、今からでも真っ当な職に就いて結婚したらどうだ?」
「はあ?」
「お前、子供好きみたいだし、結婚して子供作って、そういう普通の生活の方合ってるんじゃないのか?」
「そりゃ、桃子とか見てると結婚ってのも悪くないなと思うけど、でも……」
京兄ぃ達の話してる内容は私にはよく分からなかったけど、結婚という言葉は私にも分かった。なので、すかさず私はこう言ったのだった。
「じゃあ、桃子と結婚して!」
「え!?」
京兄ぃも父も一瞬私を見つめて沈黙する。私は真剣だ。なのに、次の瞬間、二人とも大爆笑したのだった。
「十年早えよ」
と言って京兄ぃは私の頭を撫でる。私は納得がいかずに「えー!?」と抗議した。
「じゃあ、十年経ったら結婚してくれる?」
「してやる、してやる」
あまりにも気軽に返事をするので、念を押すように私は言った。
「絶対だよ?」
「ああ! 美人になれよ!」
そう言って京兄ぃは私を抱きしめてくれた。
京兄ぃにとっては、何気ないやり取りだったに違いない。けれどこの約束は、私にとっては宝物になった。だって、私は幼いなりに京兄ぃに恋していたのだから。