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全部、あんたのせいだ

  • E-08 (BL)
  • ぜんぶあんたのせいだ
  • ぽしい
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 218ページ
  • 800円
  • 2017/1/22(日)発行
  • 綾木は憂鬱だった。 暑い中、慣れないスーツを着て客先に赴かなければならないこと。 なにより同行するのは、営業部長の紺藤であること。 紺藤は、明るく爽やかで自分なんかとは正反対の男だ。 綾木は彼が苦手だった。  
    しかし、短い旅の道中で、綾木は彼の意外な一面にふれる。 彼に対する考え方が変わっていくなかで、自分自身も変わりたいと思うようになり…。  
    表題作『全部、あんたのせいだ』を含む オフィスラブをテーマにした三作品+エピローグを収録。 大人たちの、子供のような、さまざまな『言い訳』が飛び交う 拙い恋愛の数々を描いたボーイズラブ作品。  

    大人の恋愛に必要なのは、駆け引きなんかじゃない。

    (裏表紙より)

    性描写があります。


    <表題作『全部、あんたのせいだ』本文サンプル>

    その日は朝から蝉の声が燃え、痛いほどの日差しが弾ける日だった。

    綾木伊縫はその日何度目になるか知れない溜息を吐くと、会社のデスクでひとり項垂れた。

    なんだってこんな暑い日に、着慣れないスーツなんて。

    なんだってこんな暑い日に、俺だけ外回りなんて。

    今日もこのまま、エアコンの付いた社内でルーティンワークのぬるま湯に浸かっていたい。綾木にとって、イレギュラー対応は最大のストレスであった。

    はあ、ともう一度吐き出したところで、隣の席の先輩に肩を叩かれる。

    「もういい加減その溜息やめろ。諦めな。お前が悪いんだから」

    そう。悪いのは自分なのだ。今回客先へ赴く目的は、先日起こしてしまった自分の不手際を謝罪する以外の何物でもなかった。

    そこでようやく、自分の憂鬱がイレギュラー対応に対するものではなく、先方に何を言われるかわからない不安からくるものだと気付く。その区別もつかなくなってしまうほど、綾木は混乱していた。

    どちらかというと昨夜も眠れなかったし、食事も喉を通らなかった。コンディションも最悪の中、彼にはもうひとつ憂鬱の種があったことを思い出した。

    「よう、準備できてるな。じゃあ行くか」

    振り返れば、オフィス内をうろつく男達よりも頭ひとつ飛び抜けた長身の男が立っていた。

    営業部長の紺藤だ。彼は短すぎず長すぎず綺麗に整えられた黒髪をさっと撫でると、白い歯を見せて笑った。

    清潔感が漂い、その言動にも嫌味なところはひとつとして無い。漂う爽やかさは勿論、営業職としての手腕も買われ、部長までのし上がってきた男だ。

    誰にでもフランクに接するため、社内での人気も高い。だが、綾木はこの男が苦手だった。

    太陽のようで、眩しくて、陰気な自分とは正反対。

    にも関わらず、時々突拍子もない変な絡み方をしてくるので、反応に困る。

    「よう! 綾木、お前髪切ったのか。俺、前の方が好きだなあ」

    「綾木ってチェック柄の服好きなの? 社内でよく着てるよな」

    その度、「はあ」と曖昧な返事をして逃げている。しかし、本日綾木を伴って客先を訪問するのは、他でもないこの紺藤だった。

    今日は一日、彼と社用車の中でずっと一緒というわけだ。「はあ」で間が持つわけがない。かといって、話を展開できるだけのコミュニケーション能力を持ち合わせているわけでもない。

    綾木は紺藤の顔を見るなり、また溜息が漏れそうになるのをすんでのところで抑え、半眼のままで席を立った。

    「…すみません。今日は、よろしくお願いします」

    紺藤は「おう」と短く返事をすると、スーツのジャケットを肩に担いだ。

    そして綾木の全身を矯めつ眇めつしてから、首を傾げる。

    「お前、思いっきりリクルートスーツだな。それしかなかったのか」

    「はあ」

    そりゃ、服装自由の内勤職で、スーツを着る機会なんてほとんどありませんから。なんて台詞を、最後まで言葉にする気力もなく、綾木は染めたてのすこし茶色いショートヘアを面目なげに撫でた。

    入社面接以来着ることのなかったリクルートスーツは、防虫剤の匂いがしていた。

    「よし、ついてこい」

    背を向けた紺藤のスーツは、肩に担がれている状態でもわかるほどに、ぴしっとアイロンがきいていた。

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