坪井の視界の中では、人間とはイモリがくっついた生き物である。それにどんな意味があるのかはわからないし、なぜ見えるのかはわからないが、ただ見える。とにかく見える。
ある四月の午後、大学のサークルの先輩に呼び出された彼女は用件もわからないまま待ちぼうけを食っていた。その先輩は「曰く付きの骨董好き」かつ「心霊スポット巡り」が趣味の変わり者で、案内された部屋では異変が壁から生えていた。
日常の中の局所的異変をそれぞれの立場から描く未解決変事。関連ある掌編二編に、序章と終章を加えた掌編連作。
「指定のない椅子」
宮下の部屋の壁には怪異が生えている。やがて気付いたありきたりな孤独に、怪異との関係は変化していく。孤独が生んだ淡い執着の果てに、彼が得た結論とは。
「春に泳ぐ」
坪井の視界の中では、人間とはイモリがひっついた生き物である。自分の異常さと折り合いを付けて日々をやり過ごして来た彼女は、遂に処世術が通じない変人と遭遇する。彼女はどうにか「普通」の中に留まろうとするが――。
――存在に、善いも悪いもない。常識に怪訝、道徳に疑念、そんなひねくれものとお近付きになりたい1冊です。