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しぞーかおまち奇譚

  • い-07 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • しぞーかおまちきたん
  • 瓜野
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 50ページ
  • 300円
  • 2018/06/10(日)発行
  • おまち―それは静岡市中心街を示す地元言葉。
     親しみと憧れを込めてそう呼ばれる街は時代の流れにのって、のんびりと変化していた。昔からあるもの、なくなったもの、新しいもの。穏やかに時間が混在する街で「かつてそこにあった場所」に出かける「私」は軽やかに現実の境界を飛び越える。
     今は跡地にマンションが建った映画館、突如店を畳んだ食堂、マスターが引退した喫茶店、惜しまれつつ閉店した老舗手芸店。
     ついつい「おまち」を歩き回りたくなる、お散歩幻想小説。オール書き下ろしの短編集。

    ---もくじ
    1.プロローグ
    2.ポップコーン劇場、最後の日
    3.雨、モノクロ、オムライス
    4.森は深く、カレー
    5.イートミー! お針子稼業
    6.エピローグ

    ---以下はプロローグ全文になります。

     JR東海道線清水駅の西口の階段を昇りきると、目の前には東口へと抜ける空中回廊、左手にはガラスごしの富士山がどんと構える。

     この景色を見て歓声をあげて駆け寄るのは遠いところから来た数少ない観光客と相場は決まっていて、地元の人間は見慣れた「山」になぞ目もくれない。精々、雪が積もっているとかいないとかを視界の端で認識する程度だ。

     だから、「私」も日本一標高の高い山には堂々と背を向けて、券売機で二百四十円の切符を買う。

     線路を跨ぐように建設された些か大袈裟すぎる駅舎は華々しいオープンセレモニーから数年経ってようやく町に馴染んできたように思える。ピカピカのガラスやメタリックな柱はやけに光を反射して、晴れがましいと同時に妙に落ち着かない気持ちにさせられたけれど、その輝きもいい意味でだいぶ落ち着いてきていた。

     店先で羊羹や寿司を売るキヨスクの前を過ぎ、改札を抜ける。アルバイト情報誌やイベントのちらしが詰まったラックには目もくれず、下りエスカレーターに飛び乗った。平日の昼間、電車の本数もまばらなら、ホームで待つ乗客の数はもっと少ない。頭上で点滅する電光掲示板は一分後の下り電車の到着を示している。定刻通りだ。

     重みのあるブレーキ音をたてて滑り込んできたのは、銀色にオレンジのラインが入った三両編成の車両だった。窓から見える車内は空いている。予想通り自動ドアが開いても降車する客は一人もおらず、ホームにいたわずかな客を乗せて電車は速やかに発車した。

     車内は空調が作動しており、空気は乾いていた。長い座席の端に座って、特に意味もなく簡素な駅名が表示されるだけの電光掲示板を眺める。通過する駅は二つ、三つ目の目的の駅までは約十二分というところだ。

     この十二分というのが厄介で、文庫本でも十ページ読めればいいところだし、集中して来た頃には到着してしまうし、何をするにも中途半端だった。よって私はこの時間を単に車窓をぼおっと眺めて過ごすと決めている。麗かな晩春の日差しを受け、折角沿岸部を走っているのに波間一つ見えやしない、面白みのない住宅街を延々と流し見する。

     草薙駅、東静岡駅、静岡駅。

     乗車から十分。そのアナウンスが流れた瞬間、にわかに車内は落ち着きをなくす。県庁所在地、政令指定都市、県下最大規模のターミナル駅の肩書きは伊達じゃない。たとえそれが一地方都市の、都会とは比べものにならないくらい、ささやかな隆盛であったとしても。やはり、この土地に、この場所に暮らす人々にとってそこは特別なのだ。

     だから、みんながここを「おまち」と呼ぶ。

     誰かが発し始めた親しみと憧れを込めた響きは脈々と受け継がれ、今や誰もがなんの疑問もなく口にする。果たしてそうすることによって、愛すべき街並みが久しく続いていくことを願うように。

     車両は乗車駅と同様、なめらかに停車した。

     高らかなチャイムとともにドアが開いたのを皮切りにぞろぞろと流れ出す人波にのって、私もプラットホームへ躍り出る。新幹線のホームと駅ビルに挟まれた細長い空間は立ち食い蕎麦屋の放つ出汁の香りに満ちていた。


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