馬渕彰(まぶちあきら)はロックバンド「Arthur(アーサー)」のファン。彰がバーテン見習いとして働き始めたミュージック・バーは、実は「Arthur」のボーカリスト・イツキの行きつけの店だった。
憧れの人と近づくことができて楽しい日々を送っていたが、イツキが彰を決して名前で呼ばないことが少し気になっていた。
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「家族の分まで生きてって、よく言われたんですよ。もちろん、生き残った者の責任だとわかるんですけど、俺にはそれが重たくて堪らなかった。事故のとき、家族と一緒に死んでいたら楽だったのに。生きることに背を向けて、死ぬことばかりを考えていました。そんなとき、『FLAME』を聴いたんです」
彰は目を閉じた。今でも当時のことを思い出すと鼓動が高まる。目が覚めるような心地とは、まさにあのことだ。事故のあと、何に対しても気持ちが動かなかったのに、イツキの歌声には体中のすべての感覚が虜になった。
一曲聴いたら、他の曲も聴きたくなった。CDを買ったら、ライブに行きたくなった。それを繰り返しているうちに、いつしか、死にたいと思わなくなっていた。
「人が生きる理由って、夢とか希望とかじゃなくて、多分すごくささやかなことなんじゃないかと思うんです。たとえば、来月公開される映画とか、連載漫画の続きとか、ライブのチケットとか、大切な人とのデートとか……。そういう小さな楽しみが続けば、きっと人は生きていけます。俺も、『Arthur』のライブに初めて行って、イツキさんの歌を聴いたとき、生きててよかったって思えたんです」
答えになってないですね、と苦笑した彰の後頭部を、イツキが無造作に掴んだ。そのまま、乱暴な手つきでわしわしと撫ぜる。
「……約束する」
テーブルに視線を落したまま、イツキが呟いた。
「お前がこれからもずっと生きていたいって思えるように、新しい『Arthur』をどんどん見せてやる。だから、お前はずっと俺たちのファンでいろ。――いいな?」
周囲の音にかき消されそうになりながら、その言葉はかろうじて彰の耳に届いた。彰は首をすくめるようにして小さく笑い、はいと答えた。
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年下犬系男子(彰)×ツンデレ女顔ボーカリスト(イツキ)。18禁。