(だから、僕は先に進むんだ──……進むしかないんだ。でも……)
おおきく息を吐いて、トキは背伸びをする。
今この手に持っている、ジ・メルーの村の交易隊からニタスが購ったランタンは、ミゼフルの村にあるものよりずっとあかるく足許を照らしてくれている。けれど、トキがこころから焦がれ、待っているのは──頭上からさっと差し込んでくる、はしめく陽光めいた白い光と、
『ずるいぞトキ! 自分だけ冒険の旅に出るなんて!』
螺旋階段を軽快に駆け降りてくるミッレの姿だ。
「──……ミッレ」
ミゼフルの村で、常にトキの傍らから半歩先にいた幼馴染みの名を、トキは声に出す。
くりっとおおきくて、闊達な青い目。均等に整った体つきによく似合う、いかにも健康そうな淡い褐色の肌。いつも明るくて、すばしっこくて、ただぼんやりしているだけの自分よりずっといろんな判断も早くて正確なはずのミッレが追いついてこないなんて、こんなおかしなことはない──……
そう思うたび、どす黒い不安はべたべたと無遠慮に、トキのこころを塗りつぶそうとしてくる。
「ミッレ、何してるの……!」
遅いよ、とぽつり呟いて、トキはなおも背筋を伸ばす。けれども、望む光はいっこうに差しこむ気配もなかった。じれったくなったトキが今度はもう少しおおきな声で、ミッレの名を呼ぼうと息を吸いこんだそのとき──ランタンの芯がじりっと焦げる音が、トキの耳に届く。
──こんなところで立ち止まってないで、早く行け。
急かされたような気がしてしまったトキは、踵を再び段へとつけ、一歩を踏み出そうとしたが──……
「!」
歳月に浸食され、丸みを帯びた土の階で足を滑らせ、段を踏み外してしまった。
とっさに頭とランタンを庇うことはできたけれど、したたか尻と背を階段に打ちつけながら、トキの身体はぐるぐると螺旋階段を滑るように落ちていく。痩せた足を次の段の踏面へと伸ばして突っ張り、踏ん張りを利かせてようやく身体を止め、やっとの思いで態勢をなおすころにはもう──鐘楼から螺旋階段へと繋がる入口は、その輪郭さえ真っ暗がりの奥へ押し込まれたように見えなくなっていた。
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